ショート

□寸借
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坂田銀時が死んだ。
その噂が流れ始めたのは、ほんの数日前から。
かぶき町の顔ともいえる男が不在。あまりにも不審である為に、死んでしまったのでは、というのを誰かが流した。
江戸を始めとして、国内で蔓延し始めた伝染病が顔を出し始めた時には、彼はいたはずだった。
しかし、ふとある時から見かけなくなった。同時に万事屋にいる子ども達の姿もなかなか見かけない日々が続いた。
それから、数日すると万事屋の窓から明かりが無くなった。
深夜巡回時は勿論、日中の巡回時も、そこから人がいる気配はまるでしなくなった。
それから、一度だけ、一階にあるスナックも二、三日休業していたと思う。諸事情の為、という張り紙を見たのは、休業二日目の時。
その後、死んだ、という情報が。初めて口にしたのは、部下である山崎が仕事の報告に来た時。
土方の耳にそれが入ってきたのは、銀時が万事屋を後にしてから二ヶ月が過ぎた頃だった


「お前より俺の方が絶対酔ってねぇ」
「いやいやそーんな千鳥足で何言ってんの? 俺なんかまだあと二、三軒いけるけど?」
「ぁあ?俺だってそんなもん余裕に決まってんだろ。あ? やんのかこら?」
「喧嘩の売り方がビーバップじゃねぇか。警察官辞めちまえ」
「んだとコラァ!」
噂を聞くほんの二ヶ月前、土方は銀時と出会った。
それは約束をしていたとか、そういうことではない。
仕事が業務時間内に収まった日、翌日が非番だからたまには、ということで夜は外に足をのばした。
最近酒どころか、食事も不規則になりがちだった。こんな状態で飲み明かすのはどうかと思ったのだが、食事も兼ねてと町に繰り出した。
誰かと一緒に、とも考えたが、真選組は基本的に休日は全員バラバラなので、一週間は前に約束などをしていないと夜に外で飲みに出るというのは難しい。
それでも隊士同士で飲みに行っているという話は聞くのだが、本当にたまたま予定があった、とかそんな状況ばかり。
シフト管理を行っている土方は、尚更隊士達のスケジュールも全て把握している身だ。
映画を一緒に観に行く仲の原田も、寡黙で付き合いも長い斎藤も、そして朋友でもある上司の近藤も、腹心である山崎も、明日はきっちり仕事がある。
沖田は唯一、明日は午前だけ休みだったはずだが、彼は未成年の為にそれ以前の問題だ。
土方はそれならば、と一人で出てきた。
それに、行きつけの店に来れば、時折知り合いがいたりもする。
思わぬタイミングで出会い、相席をして飲むこともできる。
実は、今日もそのきっかけで、一人の知り合いと出会った。
それが、土方が店に訪れる時にはカウンター席でビールを片手に座っていた、銀時だった。
またお前か、と二人して嫌そうな顔をした。
土方はできれば離れた席の方がいいか、と思ったのだが、ちょうどその日は世間では週末に当たる日だった。
その為、店内はそこそこの賑わいを見せており、テーブル席どころかカウンター席もちょこちょこと埋まっている状態だった。
店主が「もうここでいいだろう」と、土方が席を見つける前に、銀時の隣の席を勧めた。
心底嫌だ、とその時土方は拒否をしたのだが、あまり我が儘を言うのもどうだろうかと少し悩んだ。
すると銀時から「ここでいーじゃん」と土方に隣の席を勧めたのである。その後押しがあったものだから、土方は頷いた。
もしかしたら、今日くらいは静かに時間が過ぎるのかもしれない。そう思った。…のは間違いだったとは思う。
やはりちょっとしたことで言い合いは勃発した。いつもこれだ、と土方はうんざりした。
お互い性格がどこか似ていて、嗜好が真逆なところがほとんどなのに少し似通ったところがあり、おまけに負けず嫌いで挑発にも乗りやすい。
売り言葉に買い言葉、でその席では終始「もう何杯飲んだ」「俺はあの酒を飲んだ」「まだ酔ってない」と、飲み比べ状態になっていた。
だが、ここで不利になるのは土方だった。
町に出てきた当初は、食事を兼ねて酒を飲む、を目的としていたのだ。
空きっ腹にアルコールがどれほどダメージになるのか、土方だってよく知っている。まずは食事をしたかったから、物を食べながらこの飲み比べとなったのだ。
元々食が細い土方は、アルコールと共に食事を取ればすぐに腹は膨れる。
酒は別腹、なんて女子にとってのスイーツとは同じ扱いにならず、腹が膨れると酒を飲むペースも段々と落ちてきた。
銀時はというと、ほんの少しのつまみを傍に置いて飲んでいる状態だったので、ぐいぐいとアルコールが入っていく。
土方は、そこに追いつくことは無理だった。
食事に加えて、土方はここ数週間激務に追われる日々が続いていたので、疲労の蓄積も尋常ではない。
アルコールの回りも非情に早く、段々と一杯飲むごとに溜息が零れ出していた。
それでも口は達者に喧嘩腰なものだから、これは埒が明かないと状況を見ていた店主が判断を下したらしい。
「銀さん、その辺にしといてくれよ。ツケも大分溜まってんだから、これ以上店で飲み比べやるんなら金取るよ」
なんて言い出した。
これには銀時がぐうの音も出ず、土方と共に席を立った。時刻は、夜の十時を回ったところだった。
まだ足取りとしては銀時の方が安定していた。土方はフラフラとしながら、夜道を歩いた。
万事屋と屯所に向かう道のりが、途中まで一緒だった。
ネオンの光を浴びながら、人の波を見ていると気分が悪くなりそうだったので、途中で土方は道を外れようとした。
商店街の裏手にある住宅街や公園がある、人通りがほぼゼロになる道を通って帰ろうとしたのだ。だから、途中で小道に入ったところで銀時とは別れようと思った。
ところが、銀時は土方についてきた。「そんな状態で野放しはさすがに」と言うものだから、よっぽど酷い酔い方をしていたらしい。
ふらふら、ふらふら、と足取りが覚束ない状態で、銀時は時折「大丈夫かー」「そっち溝だぞー」と声をかけてくるのが、微かに聞こえてきた。
そして、歩き出して十五分。とうとう限界がやってきて、土方は公園の前を通り過ぎたあたりで道の端で座り込んだ。
無理、と言いながら嘔吐してしまい、立ち上がるのも困難となった。
これには銀時もやりすぎたと思ったのか、「少し待ってろ」と言って、公園にある自動販売機でペットボトルのミネラルウォーターを買ってきてくれた。
「これ買える金はあんのかよ」
「うっせー、ぎりぎりだっつーの。倍返せコノヤロー」
「あーそりゃすんませんね。後で覚えてたらな」
「…とりあえず口濯いで水飲め」
銀時に言われたとおりにミネラルウォーターを口に含んで、口の中を洗い流した。
そしてまだ不快感が残る喉を潤すように、水を飲んだ。その一連の流れが終わる時には、気分も落ち着いてきた。
「もーちょい風当りのいいとこに移動すんぞ」
と銀時は公園のブランコまで土方の手を引いた。
ふらふらと覚束ないから、なのか、しっかりと土方の左手を握り引っ張っていってくれた。
不思議だった。不快感がなかった。普段だったら着物の裾が触れるだけでも喧嘩に発展しかねないのに、よっぽど限界がきていたらしい。
ブランコの前に来た時、銀時がちらりとこちらに振り返った。瞳の赤さが公園の街灯の下で爛々と光って見えて、ゾッとしたし、綺麗にも見えた。
柵の上に座ると、銀時も隣に腰かけた。
ミネラルウォーターをまた一口飲んだ。さっき、訳が分からないまま飲んだせいで、ペットボトルのキャップをどこかに無くしてしまった。
それから、何分経ったか分からないが、その間二人は喋らなかった。空を見上げれば満月に雲が差しかかり、そしてひいていった。
一つ、風が吹き抜けた。夜風の冷たさに身体が震えたので、どうやら酔いが醒め始めてきたらしい。
寒い?と銀時が聞いてきたから、若干、と返した。
平気か、と聞かれたので頷いたら、そっか、と少し笑ったのが見えた。
「この辺、お前んとこの隊士見廻ってんの」
「…まあな」
「深夜巡回ってこのくらいの時間?」
「そろそろ、だな」
「俺と一緒にいるとこ見られたら驚かれねぇ?」
「喧嘩してなかったら多分びっくりして見なかったふりしそう」
「ハハッ、普通逆だろ」
「お前だけ特別扱いだ。…不愉快だろーけどよ」
ただの知り合い、だけで留めて置いてはもらえない。そりゃ、あれだけ喧嘩していれば。
風が吹いた。土方はふるりと肩を震わした。すると銀時はもう一度寒いかどうかを聞いてきたから、今度は寒いと返した。そろそろ、帰路についた方がいい。
銀時が立ち上がったので、土方も腰を上げた。
「まあ、俺は特別なんだって思われてもいいけど」
チャプン、とペットボトルの中身が揺れた。
銀時の言葉に土方は反応ができなかった。小さな声で呟かれたからじゃない。その声ははっきりと土方の耳に入った。
意味がわからなかった。だが、それを簡単に聞き返していい言葉じゃないと無意識の上で判断していた。
だから「なんか言ったか?」という言葉で受け流した。
銀時を見ると、ちょっと困ったように眉を八の時にさせて笑った。なんでもない、と。
土方は小首を傾げながら、ふと視線を下降させて「あ、」と小さな声を上げた。そういえば、すっかり忘れてた。銀時に、手を繋がれたままだった。
繋いだ手はそこで離したりはしなかった。が、二人が別々の道に向かった時には、すっかり離れていた。
銀時は「気ぃつけろよ」だけ言って、それからはこちらに一つも振り返らず、まっすぐ万事屋へと帰っていった。だから、土方も振り返りはしなかった。

銀時が、万事屋から姿を消したのは、その翌日だった。
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