○監察方の番犬.1○
→山崎+土方


山崎退、という男がいる。
監察方としての職務を果たしながら、副長の身の回りの世話も果たしているこの男。
本来そういったことは小姓がやるべきであり、実際その役職を持つ者が存在する。だが、山崎はその役目も一部買っていた。実質、副長補佐という立場にいる。
副長の土方十四郎はこの上なく厳しい人間で、鬼副長という異名を持っているほどの男。
土方が唯一心を許すとすれば一番付き合いの長い、幼馴染とも呼べる近藤や沖田(沖田は若干微妙ではあるが)。……そして、山崎であった。
土方は自分のことは自分で管理しており、周りのことも自分に回し業務に落とし込む男だが、彼が自分のやるべきことについて頼る者は山崎ただ一人。
山崎は、土方からの信頼を一身に受ける者であった。
彼の入隊に関しては他の隊士とはきっかけも方法も違っていた。
もともと浪士組の頃からの者たちは結成時に、入隊試験などをせずともお互いの実力をよく知る者同士であったから、特別なことをする必要はなかった。
それが現在の副長助勤という立場にいる、隊長格。例外は多少なりとも含まれていようと、彼らのほとんどはまだ役職をもつ前から仲間であった者たち。
そしてその後の隊士たちが、現在おかれている入隊試験をパスした者であった。
しかし、山崎という男は、そのどちらにも属さない。
浪士組の頃、京にて天皇のお目通りがかかった際、摂津に宿をとっていた。
その宿を後にする頃には、山崎は浪士組として加わっていたのだ。
元来、彼は摂津にて医者の家に生まれて、そして医学に道へと進むことを考えて学問を学んでいた男で、侍ではない。ところが、入隊後には、すでに土方の傍につき従っていた。
隊士となって日が短い者たちの中には、山崎も浪士組結成初期の面子と思っている者もいるほど、彼は古参という立場にいた。
普段からあまり目立つことのないこの男。
このところよく真選組との関わりを持つ、万事屋などからは「ジミー」などと呼ばれてしまうほど、影は薄い。隊士の半数が彼の名前を「山崎退」とまともに記憶していないだろう。
黒い集団の中で、まるでそこに同化してしまいそうな彼にとって、監察という役職はいわば天職。
それは、生まれ持った才能であり実力の問題ではない。……いや、逆に実力なのだろうか。運も実力のうちと言うほどだ。
彼は、表立って表彰されることはないものの、監察方として古参でありながらトップの実績を誇っていた。
その手腕は、それこそ土方が情報源として一番信頼をする男。
実際の話、敵陣に乗り込んで相手方を潰すために戦うのは一般隊士とはいえ、山崎のその活動はそれを裏付けするもの。
その彼を、傍に置いている土方が彼のことを話すと、必ずこう話す。

「……うちで一番、敵に回せば厄介だ」



*******



その山崎の趣味は、さまざまあるのかもしれないが、一つ取るとすれば代表としてこれがある。

「山崎ィィィイ! ミントンしてんじゃねぇぇぇええ!」
「ギャアアアア!」

バドミントン。しかも、一人で。
別段一人でやりたいと思ってやってるわけではないのだろうが、いかんせん相手がいない。
この組織は一応職業の中では恐ろしいくらいに規律は厳しい。
しかしその中では自由度の高い組織でもあり、慣れれば一般職種よりも断然自分にとって都合がいいという者も少なくない。ここで長続きする隊士というのは、基本的にほぼマイペースなのだ。
だが、他の職業と違って圧倒的に少ないのが、福利厚生。
自由度が高いためにそこに敢えて着手する必要がないということもあるのだが、おそらく世間一般からの目からすれば、とんでもないブラック企業と思われているだろう。加えて有給消化率も恐ろしく低い。(その足を引っ張っているのがトップの立場にいる土方本人なのだが)
まあ、つまるところ、山崎が趣味を発揮できる部活動やサークルなどの活動もこの組織には存在しない。
なので一人でする羽目になるというのは、致し方のないことだろう。

その山崎に対して、たった今怒鳴りつけたのが、彼を傍に置く土方。
バドミントンをする趣味はいいのだが、土方から言わせれば「非番か休憩時間にやれ」一択。
公務中にやるようなことではないだろうと、土方はもはや溜息を吐く気にもならなかった。その代わりデスクワークのお供に添えている硯を投げた。
山崎は慌ててそれを避けたが、当たればひとたまりもないない。
「ら、乱暴すぎますよ!」
「刀じゃないだけマシに思えや!」
「いや、こっちもわりと命かかりますって! ほぼ鈍器でしょ」
それなら公務を全うしろという土方の説経に、山崎は反論をやめた。反論しようがないのが正解である。
本来ならば罰則ものの業務放棄行為にあたる。しかし、沖田もだがここは実力主義。いくらサボって寝こけていようが上司の命を狙おうが、基本的には実力を高く買われて存在を重宝される。それは、山崎も然り。
土方は溜息を零してパン、と畳を叩いた。ここに座れという意味。それがバドミントンをしてサボったことへのお説教タイムの始まりではないことを、山崎も察した。
バドミントンラケットを縁側に置くと、山崎は一声かけて入室した。彼がその場に座すると、土方はバインダーを一つ彼の前に置いた。
「入隊試験?」
そのバインダーを手に取った山崎の問いかけに、土方は頷く。そこにあるのは入隊試験の面接官用の要綱と、該当者の履歴書がある。
「あぁ。先月の入隊試験があったろ。あれは通常募集の方だが、同時募集に監察や医療課なんかの補佐職の募集もやってただろ。最近はごたごたしててなかなか選考に進めなくてな」
「補佐職の方はスタート自体が遅かったですしねぇ」
あまり関わっていないからスケジュールまであまり把握してなかった、と山崎は要綱を眺めながら頭を掻く。
「他の課はもう昨日決まったんだが、監察に関しては最終面接を行う。それ、お前がやれ」
「え、俺が!?」
「通常隊士の募集とは違って、今回のそれには剣術試験はねぇんだ。補佐職は一般職に近けりゃ俺が選定できるけど、お前のとこなんかは専門職だからな」
向き不向きの判断については、その職に従事している者が適任だろう。山崎は「はあ……」と困ったように要綱を捲る。
「それで、受験者がこの履歴書の?」
「ああ。剣術に関してはあまり覚えがないようだが、名門出の学者らしい」
一応履歴書と応募用紙は確認しているという土方。彼の言葉通り、履歴書に書かれているのは輝かしい経歴。学び舎でも主席で卒業し、教員免許も所持しているらしい。
(まぁ、かしこだから向く職でもないと思うけどなぁ)
というのが山崎の持論。実際山崎自身も聞く人間からすれば名門と呼ばれるであろう。何度も「どうして医療課につかなかった」と言われたものだ。
土方の指示に山崎は「かしこまりました」と一言引き受けると、部屋を退室した。去り際に土方に「ラケット持って帰れ」と言われながら。
バドミントンラケットを小脇に抱えて、山崎はバインダーの二枚目に挟まれた履歴書を見つめる。指名の横に張り付けられた証明写真には、端正な短髪の男性が映っている。
「……田川、清十郎……ねえ」
履歴書に記載された、生真面目な若干筆圧の高い氏名を口にした。


面接の日取りはこの二日後。山崎は土方から支持を受けた後、すぐに履歴書の連絡先に電話をかけた。
最終面接者は一名。田川清十郎という男のみである。それならば特別面接室を予約せず、どこか適当な場所で行おうと山崎は昼時の時間を持ちかけた。
できれば、剣術試験などのない口頭面談のみとなる監察方の面接については、普段の様子を確認しておきたい。そう前置きをして、彼に食堂で面接をしたいと伝えた。
田川は最終面接にまでこぎつけたことが嬉しかったのか、何時でも構いませんと積極的な返事をくれた。山崎は人の多い時間をさけて、朝の十一時に屯所に来るよう伝えた。
当日、山崎は軽く朝の業務を終えた後、屯所の受付に訪れた田川を迎えに行った。
「初めまして、監察方の山崎退です。今日の最終面接、よろしくね。ああ、あまり緊張しないで。って無理な話か」
「本日はお時間いただき、ありがとうございます。田川清十郎と申します。本日はよろしくお願いいたします」
はきはきとした挨拶に、山崎はにこりと笑って、どうぞと促す。
食堂へと向かう道すがら、屯所内を説明して回った。たまに通りがかる隊士で隊長各や役職持ちの人間がいれば紹介をしながら、山崎はゆったりと歩く。振り返れば、田川は一定の距離感を持ってついてきていた。
食堂にやってくるとやはり時間帯もあって人は少ない。しかし食堂の機能は稼働しているので、山崎は彼にメニューの紹介をした。
二人で定食をチョイスすると一番端の四人掛けテーブルに向かい合わせに腰掛ける。すると、田川の選んだラインナップを見て山崎は首を傾げた。
「確かメニューにきんぴらあったと思うけど、嫌い?」
定食の内容自体は決まっていて、そこから大盛にしたり追加をしたり、内容を減らすこともできる。田川は付け合わせのきんぴらを持ってきていなかった。
「はい、実は……」
「そうなんだ。俺はここのは結構好きなんだよね〜」
そういいながら山崎が一言いただきます、と挨拶をして左手で箸を摘まむと、田川もそれに従って同じように手を合わせて箸を取る。
食べながらでいいからね、ともう一度伝えて、山崎は味噌汁を一口飲むと、傍らに置いたバインダーに視線を落とす。
「常陸出身なんだ」
「はい。といっても、出身ってだけでほぼ江戸育ちなのですが……」
「まあさして遠いこともないしね。結構なご家庭だと思うけど、通称はないのかな」
「はい、攘夷戦争後、その分化は父の代で終わりまして」
「そっかあ。まあ君まだまだ若いからね。……と、ちょっと質問変わるんだけど、なんで監察を選んだのかな」
山崎は箸できんぴらを摘まみ、田川を見る。
「私は幼い頃身体が弱く、激しい運動ができませんでした。……でも、昔から武士になりたくて。ですが、家は残念ながら商いを生業としてますから、身分としても慣れることもなく、ずっと学問ばかりをしてきました」
だが、真選組は身分も関係のない組織。悪く言えば烏合の衆だが、士農工商の色を残すこの世に置いて、ここは治外法権が通じる。どんな者であろうと認められれば武士となり、刀を持てる。
廃刀令のご時勢で堂々と帯刀できる合法組織でもあるのだ。それに憧れる者も少なくない。
今回は一般隊士募集だけでなく、補佐職の募集も行っている。それを見て、田川はチャンスだと思ったようだ。
医療課に興味はなかったかと問いかけてみるが、彼自身は医療関係の勉強をしてきたわけではない。だからこそ監察方を望んだらしい。
「監察ってさ、他の隊や課に比べるとすごく地味なんだ。というか地味であればあるほど重宝される。地道な作業、それから機転も問われる。だからこそ危険も多い」
「はい」
「身体が弱かったと言っていたけど、今は?」
「今は免疫もついて強くなりました。体調を崩すこともほとんどなくなりましたし……運動はしてこなかった分苦手なところは多いのですが」
「ふんふん、一応この仕事は根気、努力だけでなく、体力も求められるよ。その辺りに自信は?」
「あ、あります!」
「………いつから来れる?」
「い、いつからでも大丈夫です」
「そっか。じゃあ俺明日は非番だから……明後日から勤務してもらえるかな」

採用、の印をついた履歴書。山崎はその日中に土方に提出して、隊服の手配を依頼した。
そしてコピーを取っておいた履歴書をもう一度眺め、山崎は一つ吐息した。



一言ありましたら!(お返事はmemoで致します。)



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