逃避行少女
□逃避行少女
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「目が覚めたかな、林檎ちゃん」
「はいそれはもうバッチリと初っ端からセクハラされましたし」
毒づくように言ってやると、今井先輩が聞き捨てならないと言わんばかりに眉をひそめた。
だが何も言わない。
「否定しないってことは認めていることになるぞ、昴」
「断じて違う。面倒くさいと思っただけだ」
櫻野先輩の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔で今井先輩は呻いた。
(自業自得だろ)
ふん、と内心で悪態をつく。読唇術を持つアリスの人が居なくてよかったと心から思った。――あ、でも心読み君曰く、私の心は読めないんだっけ?
「と、――ところで、今は何時ですか? 一時間か、二時間ぐらい寝ちゃいましたかね……」
だとしたら、安藤先輩あたりが心配しているかもしれないし。
音沙汰なしな上、飛び出したからまぁ、楽しんでるのかなーと楽観的に考えられそうなこともないけど。
まぁ、安藤先輩だし。
思いつつ、自分でも楽観的に考えていると。
ぼんやりと、気を抜いていると。
あぁ、と櫻野先輩は苦笑した風に言った。
「――もうすぐ六時近いよ。もう今日の文化祭は終わりだね」
「――は?」
「お前は七時間以上寝ていたんだよ」
「ん、」
なぁ、と微妙な声が出た。間抜けな声が出た。
だが、それに羞恥している暇は無かった。
――今、なんて言った?
ろくじ?
――六時?
午後、六時?
「え、あ、え、いやいやいやいやいや!! そんなこと、はぁ!?」
先輩――しかもプリンシバル、学校総代表であるのも一瞬忘れるほど、パニクっていた。
思わず掴みかかるようにして迫った私は、大分目を白黒させていたことだろう。
「えーっと、とりあえず林檎ちゃん、落ち着こう」
「え、いや、でも、はぁ? そんなに寝てたんですか!?」
ぐりん、と矛先を変え、今井先輩に掴みかかる。
すると、大仰にため息を着いた今井先輩が腕時計を示した。
「ほら見ろ。五時五十二分だ」
「ん、な」
駄目だ。これでもう証拠を提示されて、その所為で、否定しようがない。
現実逃避の仕様がない。
(―――ま、マジか……っ!)
(私、そんなに寝てしまったとは――!)
しかも、こんなところで。
何だったか、ここは確か――健康相談所? みたいなところだった……筈。
うわぁ超あやふやだよ覚えてないし!
まぁ、何はともあれ。
「え、ど、どうしよう!」
これで確定だ。絶対安藤先輩や原田先輩に心配掛けてる。そんなあの人達でも流石に何時間も音沙汰無しで居なくなると心配する……だろう!
しまった、まさか。
「ええええ、と、とりあえずっ、は、早く帰らないとっ!」
がばちょ、とシーツを剥ぎ取り、先ほどまで居座っていたベッドの上(というかそのことに今気づいた)から飛び降り、服の皺を軽く治す。
ていうかそーだよ! 私このヘソだしミニスカアラビアンなんじゃん!
うわぁ恥っず!
私が支離死滅した思考回路状態で、いろいろと悶えていると、呆れたように櫻野先輩が笑った。
「いいよ、僕が送ってってあげる。特力だろ? 瞬間移動のアリス持ってるんだよね、僕」
「え、そんないや悪いですって」
流石にそこまでお世話になるわけにはいかない。
慌てて断ると、櫻野先輩は私の頭に手を置いた。
そして――前髪を軽く掬い上げた。
「え」
「こんなに目を腫らしてるのに?」
そう言われてはたと気づく。
――そういえば、私泣いたんだった。
はっとなり、慌てて目を擦ると、その手を優しく抑えられた。
「え、あの、櫻野先輩?」
「あくまでこれは僕の一方的に林檎ちゃんを送ってあげたいって思ってるだけだから、林檎ちゃん――甘えなよ。ね?」
「……」
出たオンナノコ悩殺キラースマイルですね。
背景に薔薇が飛んでるっていうか―――。
(有無を言わせぬ笑みっていうか――)
不意に今井先輩と視線があう。
ほんの少しだけ同情するような視線が向けられた。
(ああ……腹黒いってこういうことね―――)
(―――気づけば私は、首を縦に振っていた)