liar the girl
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「またお前はこんなものを読んでいるのか」
苦笑し、どこか愛おしむように頭を撫でてくるイタチに、アユは懐かしさを覚えた。
今となっては誰だったか。祖父だったか父だったか、将又母だったか。さて、覚えていない。
だけど、幼かったアユの前で膝を折り、少しだけ髪がくしゃくしゃになるくらい撫でてくるその手つきの温かかさは覚えていた。
遠い記憶。戻りたくても、きっと戻ることのできない居場所。
よーし、落ち着け私。
今の私は私で私じゃないのだから。
よーし、よーし大丈夫。通常、通常。深呼吸すればほら、平気だって。
泣き縋ろうたって、縋るものがないんだし。
思わずホロリときそうになったものを胸の奥底に退却して頂いて、顔を上げ、声の主を伺った。
「イタチさん、忍術書を“そんなもの”なんて言っていいんですか? 忍が」
「……よくないな。頼む、黙っておいてくれよ、アユ」
「甘味屋一回食べ放題券で手を打ちましょう」
「横暴だぞ。全く、いつからそんな酷い子に……!」
セリフとは裏腹に、嬉しそうな顔。
イタチはアユの隣に腰かけると、のんびりと空を仰いだ。
「忍びって、暇なんですかね」
「酷いことを言ってくれる」
さらりと毒120パーセントで構成された愛のムチを打つアユに、イタチはがくりと肩を落とした。
イタチは常々思う、この妹は随分と虐めることが好きらしい。しかも、己限定で。
そういったことをぼそりと漏らすと、アユはにやりと口角を上げた。
「だってイタチさん、イジりやすいんですもん」
その言葉がイタチの胸を更に抉ったのは言うまでもない。
――イタチとアユは、兄妹関係にある。
うちは直系の長男であるイタチと長女であるアユは世間体で有り勝ちな不穏な関係には無かった。寧ろ、以心伝心、大衾長枕、鴛鴦夫婦も羨む仲の良さを保持していた。
そのことは二人共納得しているだろうし、そのことを快く思っている。
しかし、イタチとアユには、一つだけぽっかり空いた穴があった。
「全く、兄をイジりやすいなど……言語道断……と言いたいが……お前には言っても無駄なのだろうな」
「よくお分かりですね、イタチさん」
イタチは、アユが自分のことを「イタチさん」と呼ぶことに触れなくなっていた。
気にしていないワケではない。本当は、弟のように「兄さん」と呼んでほしかった。
何故って、余りに他人行儀だ。
近いようで、近くない。遠いようで、遠くない。
手を伸ばせば、届く距離にいるのに、決して届くことは、握ることは無い、その小さな手。
自分と妹の間に引かれた、一本の線。
気付いた時には、おかしいと気付いた時には、もう引かれてあった。
矛盾。
きっとそれは矛盾なのだろう。
アユは頑なに「兄さん」とは呼ばなかった。
『イタチさん』
『どうしたんです? イタチさん』
そして、敬語だった。
それは、木の葉において由緒正しい家柄などでは有り得ることなのだが、もう少しまだ四歳になったばかりの可愛い妹と、馴れ合いたいと思うのは兄の心情である。
もしや、自分のことを兄として思ってくれていないのだろうか、と不安に思ったこともある。
しかし、そんなイタチの不安をぱりんと割るかのように、アユはあっけらかんと言った。
『まさか! そんなことあるわけないじゃないですか。イタチさんは立派で自慢の兄ですよ。強いし、カッコイイですし、私やサスケの誇りですって』
妹の笑みに多少ながら照れつつも、では、何故。という疑問が生まれた。
アユは“にこり”と笑って言った。
『いえ……何て言うんでしょうね。偉大すぎて、私にはまだ、呼べないということですよ。
呼ぶ権利がありません』
イタチは、忍びという職柄の所為もあって、気づいていた。
――今、この子は笑っていない。
特に目が笑っていない。
頬は僅かに紅潮し、口元が嬉しげに緩んでいたとしても、目の奥底は笑っていなかった。
その目は、ただ一つ。
『何も聞くな』
とだけ語っていた。
踏み込んではいけない領域。
例えそれが兄弟間であったとしても。
それ以来、イタチはその話題に触れられないでいる。