逃避行少女
□逃避行少女
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「時宮さん、ドッジをしたそうだねー?」
「……」
危惧していた。
と、同時に油断していた。
(こんなに、早く……)
やっぱり神様は、私のことが嫌いらしい。
「時宮さん、ボールを受け止めた″んだよね」
「……」
「ボールを取る――なら分かるけれど。……おかしいよね。聞いた話によると、時宮さんの掌の中に、吸い込まれるように″ボールが飛んできた。時宮さんの方へ飛んできたボールといえど――時宮さんが真正面に突き出した掌の中にボールが偶然――なんてことは無いよね。実際、周りにいた子の証言によると、ボールが意志を持つみたいに飛んできた――らしいし」
「……」
たらり、と冷や汗が垂れる。
誰だよチクったの。あとでシメる。……無理だけど。
それに――、と鳴海先生は続ける。
「何の偶然か、時宮さんの後ろには『物を磁石みたいにくっつけれるアリス』を持つ子が居たらしいし。……どういうことかな?」
チェックメイトだ。
王手。
「それとも――偶然、って言い張るのかな?」
「……」
この人はひょっとしたらドSなのか。
いたぶるのを楽しんでいるような――声音。
最低だ。こいつ本当に教師か?
「まぁ……、このことに気付いたのは僕じゃないから、偉そうに言えることじゃあないんだけどね」
「誰が……気付いたと」
おっしゃるんですか、と消え入りそうな声で尋ねてみる。
ほんの少しだけ眉根を下げ、鳴海先生は俯く私の顔を覗き込むようにして言った。
「――校長先生だよ。ドッジの試合をご覧になっていたらしい」
「――――っ!!」
心臓が止まる思いだった。
ぎゅっ、と胸の内を掴まれたような――不快感。
もしかして、あの視線は―――例の。
「そ、う、ですか……」
「うん」
どうして。やっぱり。
何かのフラグでも立ったのか。よりによって――アレに目を付けられるなんて。
途中までしか読んでないとはいえ、原作でも不快感を感じていた――初等部校長。
それが。
私を。
「……」
「それ、でね。何で――嘘、ついたのかな? これも校長先生がおっしゃっていたことなんだけど――君は『他人のアリスを借りるアリス』――だよね」
「……」
「うーんと、今までに、『盗むアリス』ってのは―――前例があったんだけど」
悲しそうに。
辛そうに、鳴海先生は微笑んだ。
「けど、様子を見るに、その磁石のアリスの子は、アリスが使えなくなった風は無かったらしくって。それに、時宮さんの使ったアリスも完璧なものじゃあ無かった。――だから、校長先生はおっしゃられたんだよ。『借りるアリス』ってね」
借りる――アリス。
アリスを――借りる。
「嘘は……ついてません」
「え?」
何で。
私は人生の中でこの言葉をひたすら反芻していた。
何で。
何で何で何で。
私の望むことは――願うことは――全部全部。
「気づいたのは、つい最近です」
叶わないんだ。
「つい最近まで、私は身体能力のアリスとおぼしきものを使えてました。――けど」
他の人のアリスが使えると気づいたのは、つい最近。
いや。
―――気づかざるを得なかったのは、今まで目を背けてきたことに焦点を合わせなければならなくなったのが――つい、最近。
「先生のおっしゃる『借りるアリス』というのが本当ならば。―――おそらく、私は」
―――この世界での。
私の母と名の付く女性の名前は時宮桃恵。
私の父と名の付く男性の名前は時宮萄冶。
母は一般人。
父は――身体能力のアリス、というものだった。
「父からアリスを借り続けていたのかもしれません」
「……」
分かるのは、それだけ。
もう、分かりたくない。
何も、知りたくない。
「――分かりました。特力の方へと移動します。……用はそれだけでしょうか」
「時宮さ――」
「失礼しました」
何か言いたげな鳴海先生の声を振り切り、職員室を飛び出した。
(どうしてこうも、私は恵まれない。――叶わない)
(こんなアリスも、こんな設定も――いらない)
(普通で、居たかった)
(あ、林檎ちゃんおかえりー!)
(セントラルタウン行くらしいけど、行くー?)
(……行かない)
(……林檎ちゃん?)