逃避行少女

□逃避行少女
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「林檎ちゃん――と呼んでもいいかな」



「どうぞ――ご自由に」




 声音が震えているのは仕方が無い。




 力を抜いたらすぐに崩れてしまいそうな顔。


 一生懸命力を込めて、にっこりと笑みを浮かべる。

















(本当に―――)





(―――嫌になるっていうか)
















 つぅ――っ、と背中を冷や汗が伝う。



 ぶるぶると震える手を右手で押さえつけ、引きつった笑み。








「そんなに怖がらないでよ。――別に、林檎ちゃんに危害を加えようだとか思っている訳じゃないから」


「すみま、せん――」





 ごくり、と生唾を呑みこむ。



 至って優しい声音の櫻野総代表は、私の横に座り込み、いつも振りまいている人当りの良い笑みを浮かべた。







「随分と可愛らしい恰好をしているのに、こんなところに居ていいのかい? ――たしか、特力はアラジン……とか何とか、だったかな」



「わ、たしのアリスは……役に立ちませんし、」






 所詮、裏方しかできません。






 そう、震える声音で言うと、櫻野総代表はほんの少しだけ顔に影を落とした。




 それから、私の頭に手を伸ばし―――







「えっ、あ」、


「はは、何もしないって言っただろ?」








 ぽん、と乗せた手を少し動かした。―――つまり、撫でられた。





 苦笑した櫻野総代表の顔を見ると――、顔に熱が集まるのを感じた。






 
 そして同時に、安心した。







(――だい、大丈夫)




 (――この人は)






(安全だ)





 わたしにとって。




  



 息を吐く。





 いつの間にか、震えは止まっていた。















「――そ、れで。私に何の御用なんですか。櫻野総代表もお暇というワケでは――」


「櫻野総代表、何て固い言い方しないでよ。せめて櫻野先輩――、まぁ、林檎ちゃんなら秀先輩でも……」


「いえ、櫻野先輩で」




 クールだなぁ……と苦笑する櫻野先輩。



 そんな慣れ慣れしい呼び方したら、高等部のお姉さま方に刺されそうで怖いし。





「それで」


「まぁ、気分転換――ってのもあるんだけど。……主な理由は――林檎ちゃんと接触することかな」


「接触――」



 その言葉を反復し―――、ぎり、と唇をかんだ。



 


 接触。



 接触しなければならない。


 
 問題点となる人物。





――それに、私が該当している。






(そんな筈じゃなかったのに――)




 (いったい何時から)





 (歯車は、回り始めてしまったのだろう―――)







「何だか嫌な言い方だったかな。ごめんね。と、まぁ――林檎ちゃんに言いたい事があった、っていうのが一つ」


「私に、言いたい事、ですか?」


 うん、言いたい事――、というか、伝えたいこと、というか――。



 櫻野先輩は視線を私から逸らす。



 そして、その唇が紡いだ。




「忠告、というか」



「――――」












 絶句した私に、申し訳なさそうな表情を、櫻野先輩は寄越す。



 言おうか――迷っているようだった。



 口に出してもよいことなのか、困惑しているような。














 暫しの間、沈黙が訪れ――そして。

















「単刀直入に言うよ」


「……」


「校長が――初等部校長が、君に興味を持ち始めてる」











 気を付けて、と櫻野先輩は言った。









(やっぱりなぁ――、と思う反面で)




 (心の中に溜まった黒いものが)





 (どろどろと、零れていった)
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