逃避行少女

□逃避行少女
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 それっきり、櫻野先輩は黙った。




(私の――)



 (返答を)





 待っている。








(何を――言えと)






 

 駄目だ。


 留めなく溢れ出る、黒いモノが。








(私を、支配する)






「私は――、どうすればいいんでしょうか」


「……」


「こんな筈じゃ、無かったのに」





 何度そう思ったことか。




 こんな筈じゃ、無かった。



 こうなる筈じゃ、こうする筈じゃ、無かった。





 



 ひっそりと。



 地味ーに。



 平穏に。



 傍観に徹するような。



 暮らし――を望んでいたのに。







 平和に。平凡に。平静に。平淡に。平安に。平気に。


 
 


「どうして」



 何で。



「私は」



 何で。


 
「また、苦しまなくちゃならないんだ」




 もう、私は十分なのに。


 一生分――来世分、前世分の苦しみを味わったのに。





 
――裏切り、という代償で。





 
「私は――、怖いんです」


「……何がだい?」







 怖い。



 怖いよ。





 





「死ぬのが―――、すっごく、怖い……っ!」






 私は。






 一度死んだ。




 死ぬときの、苦しみも、悲しみも、辛さも、恐怖も、痛さも、――全部、全部。味わった。




 苦しかった。


 悲しかった。


 辛かった。


 怖かった。


 痛かった。




――なのに、また。






「怖い……っ」






 また、味わうのは――、平穏を、失うのは、こわいよ。







(頬を伝うこれは――)



 (一体、何なのだろう)
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