逃避行少女

□逃避行少女
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 耐えかねたように、ぽすん、と肩へ僅かな重みが乗った。



「……」



 少女――こと、時宮林檎。


 泣き疲れて眠ってしまったらしい少女は。





『死ぬのが―――、すっごく、怖い……っ!』





 死ぬのが、怖い、と。


 生まれたての小鹿みたいに、震えた。


 頬を涙で濡らし、幼い身体でため込んで。





「――この子は」



 一体、何を抱え込んでいるのか。




 ただ、とてつもなく大きなモノを。



 黒く、手に付けられないモノを。



 理解しがたい――モノを。




 たった一人で。


 その操で。



 鎖で縛って、むりやり押さえつけている。








 もともとの目的は、接触だけの筈だった。



 だが。






『な――んで、こんな、ところに、いらっしゃる、んですか』




 そう、ふにゃりと崩れた表情で言った彼女の目は。





――深い、沼にのみ込まれているような、絶望に染まったような。


 


 
 

 この世界全てを諦めたような、そんな。






 形容しがたい、黒い目。









 その目を見た瞬間に、引きつけられた。


 
 軽い洒落を言うのにも、緊張して。











 
(何で――なんだろう)









 彼女は、分からない存在だった。

 彼女の心の内も、思っていることも、本音も、全て分からない。








 
 けど、分かることはある。


 彼女は、誰よりも臆病で。


 誰よりも弱くて。


 誰よりも脆い――。








――そして、他人が彼女の本音に気付かないように、彼女自身も自分の本音に気付いていない。














 自分を分かっていない。そういうことが、いともたやすく分かってしまった。


 それは、ありありとしている、見せつけの、感情。








 だからこそ、矛盾した自分の心情に嫌悪を覚え、押さえつける。




 そして。




(彼女は――ずっと)




 逃げ続けているのだ。
















(青年は、少女を抱き上げ、一瞬にして消え去った)





 (少女の胸の内)




 (それは――誰にも分からない)





 (知っているのは、)
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