逃避行少女

□逃避行少女
32ページ/64ページ






 瞬きした瞬間には、違う景色が広がっていた。






「わ、すごい……」


「そうかな」



 

 ははは、と紳士らしく笑う櫻野先輩。


 間違えようのない、ここは特力の裏の森だ――った筈。あれ、何かあやふや。



 
 何はともあれ、とりあえず近くについたことは変わりないんだし。





「櫻野先輩、ありがとうございました」


「どういたしまして」




 ぺこりと頭を下げると、櫻野先輩はぽんぽん、と私の頭を撫でた。


 何だよちくしょう、子ども扱いか。




 とはいえ、お世話になったことには変わりないので、もう一度一礼して、くるりと背を向ける。




 


 マジで急がないと、心配させてるかもだし。





 と、走り出そうとした瞬間。




「あ、林檎ちゃん」



「はっ、―――はい?」






 思わず前のめりになりかけたが、ぐっとこらえ、顔だけ後ろへ向ける。






 すると、軽く手を振っていた櫻野先輩が。








 ほんの少しだけ、悲しそうに。






 憂いを帯びたような顔で。



































「けじめ、つけないと駄目だよ」







「――――っ」





























 ひゅっ、と喉が鳴った。










 ばくばくと鳴り出す心臓を抑えるかのように、胸元を抑える。









 胸の内を抉るような、私にとっては辛辣な言葉。

























 それを、簡単に、ありありと、真正面から――――先輩は。
















「君は、流されているだけだ。抗おうとしている癖に――抗えない。それを許容している自分が―――許せないんだよね」







「―――っ、な!」









 ぎりっ、と歯をかみしめた。








 何を、この人は。






 この人は。














―――分かり切ったように!!!!




















「あ、貴方に何が分かるんですか―――ッ!!!!」







 
 驚くほど大きな声が出て、烏がばさばさと飛び立つ音が聞こえた。





 



 
 この人に、何が分かるというのか。



 私の苦しみも、悲しみも、辛さも。







 分かり切ったように。






 ありえない。



 ありえないありえないありえない!!






 勝手に! 人の心に土足で踏み込んで!











「分からないくせにッ! 勝手な事、言うなッ!!!」



「分かるよ」



「貴方なんかに何が分かるんだ!!! ――この世界″に、私のことっ、分かる人なんてっ、」













―――誰も居ないのにっ!!!!

















 そう、言ってから。









 言って、しまってから。












(――あ)




(―――う、ぁあ)












 ごとりと、何がが落ちた。





 ぽっかりと、開いてしまった。










 私は。




 目をそらしていた事実を。





 信じたくない、と思っていたことを。













 自分自身で、突き付けた。――追い詰めた。








「う、ううううううう!!!!」











 追い詰めた。追い込んだ。自分自身で。




 自分を自分で。













 苦しめて、悲しめて、辛しめて、縛って、壊して、辱めて―――殺した。













「うっ、ぐっ――うううう!!」



「……ごめんね」














 
 ぽつり、と櫻野先輩は呟いた。




 それから、悲しげな眼を。






 その眼に、私を映す。














「ごめんね――林檎ちゃん。僕は別に、君を傷つけるつもりじゃ、無かった。――ごめんね。嫌わないでほしい」



「う―――」









 すぅっ、と身体が冷えていく。




 冷えて、冷えて、視界が、すぅっと冷えていく。

















「唯、君は現実を見なきゃいけない」



「……わ、かって、ます」



「君は――逃げているだけだ」



「わかって、ます」





















 そんなこと、分かってる。





 貴方に――言われなくとも。















 
「君が抱えているものは――僕には分からない。だけどね、」












 僕に出来ることなら、何でもしてあげるから。






 そっと、櫻野先輩の大きな手が、私の頬を包み、涙を拭う。









「君はそのままじゃ、いけない」


「……」


「林檎ちゃん。君は一人じゃないんだよ」


「そ、んなの――」








 何も言えなかった。










「頼ってくれないかな」



「―――っ」





 ほろり、と違う涙がこぼれた。





 温かいものが、頬を伝い、零れていく。











「……ぁ」



「林檎ちゃん?」






 頬を伝い、零れて。






「な、ら―――、私、」




 私が、苦しんでるとき。



 悲しんでいるとき。 



 辛いとき。





「私の、愚痴、聞いてください。――暇な時でいいんで」






 


 そう言って、笑った私は――笑えていたのだろうか。










(そっと、櫻野先輩は私を包み込んだ)



 (櫻野先輩の顔は、見えなかった)
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ