逃避行少女

□逃避行少女
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 それは、唐突であり。



 必然では無く。



 けれども予測可能だった。



 しかし、私は相変わらず逃げていたから。



 ただ、私は。



 部屋に帰ろうとしていただけなのに。



 どうして。








「ひ……っ、あ……」





 

 処理出来なく。


 
 混乱して。



 逃避して。



 論破出来ず。



 分からず。



 零れて。



 壊れて。






「う、あ、」



「……やぁ、こんばんは、――時宮林檎」





 ひくり、と喉が震えた。



 当てもない視線が彷徨い、逃げかけた足は壁にぶつかる。




 


――月光に照らされる、その幼げな顔立ち。










「そんなに怯えないでよ……」





 ちょっと、話をしに来ただけなんだ。






 そう言って。






――初等部校長は。




 私を見下ろした。













「や、やだ、あ、う」



「……ねぇ」






 がくがくと震える。足腰が立たない。尻餅を着く。







 怖い。



 怖い怖い怖い。






(私は――この人になら)



 (――殺されてしまえる)







 その真っ暗な瞳に、射抜かれた瞬間。






 私は。









(――私は私で無くなる)








 怖い。




 怖い。





 誰か。





「……一つ、聞いてもいいかな」



「うっ、く、ぁ」





 酸素が不規則に出入りする。



 



(――駄目、)



 (――これ、じゃあ)






 (―――こいつの、思うツボだ)









 息を吸おう。



 


「っ、は」





 吸える。




 
 わたしは、いきてる。








「何の、御用です、か」



「おや」



 
 さも驚いたかのように、しかし残念げな声音で、初等部校長は眉を上げた。






「自分で落ち着くことが出来るとは――、流石だ」



「……」



「そのぶん――、理性という壁は、薄いようだけれど」





 修復が早いかわりに――押したら、すぐに崩れる。





「不憫――というべきか。余計な苦しみも――味わなきゃいけないとは」



「聞きたいこと、って、何ですか」




 強い声音で遮った。



(――これ以上、こいつの声を聴いてはいけない)





――そう、直感していた。





 
「……あぁ、そうだったね。ちょっと、質問があるんだよ」


「……」



 黙って促す。



 早く、帰りたい。ここから、逃げたい。





――そう思い、震える足をいなしながら。






「君のアリスは――、身体能力のアリスだと、前まで認識していた。――だけど、それは実は違って借りるアリス、だった。――まぁ、ある意味」




 にこりとも笑わずに、初等部校長は言った。



「アリスストーンというべきかな、君のアリス」



「アリス、ストーン……」



「二つ名があるとしたら、歩くアリスストーンかな」




 楽しげな声音。

 しかし、表情は変わらない。




「まぁ――それはいいとして。一つ問おう、……君の身体能力のアリスが使えなくなったのは、いつからかな」


「……いつ、から」




 いつから?


 
 そん――なの。





「もしかして、とは思うけれど――、佐倉蜜柑が転入してきたときから――とか?」


「―――っ!!」




 びくりと震えた。





 ばくばくと震える心臓を隠すかのように、胸元を抑えても、―――止まらない。




 それを肯定と受け取ったのか、初等部校長は。





 ここで、ようやく。






――気持ち悪い、笑みを、浮かべた。






「やっぱりね。――そうか」



「だ、だからなんだというんですかッ!!」




 私の声が、人気の無い廊下に反響する。



 


 

「いや、……私は思うのだよ」


「は……?」


「君は」







  ・・・・・・・・・・ ・・
――佐倉蜜柑が来たことで、君の
・・・ ・・・・・・・ ・・・
平穏は、日常は壊された。佐倉蜜
・・・・・・・ ・・・・・・・
柑が居た所為で、君は不幸になっ
・ ・・・・・・・・
た。佐倉蜜柑の所為で――。






  ・・ ・・・・・・・・
――君は、君じゃなくなった。











(私はどうすればいい)



 (どうすればいいの)






  (助けてよ)









こわい。
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