企画
□楽園モラトリアム
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「なまえ、昨日の任務はどうだったかね?」
「簡単でした」
「そうか。私の言うことはきちんと守っているな?」
「はい、全員殺しました」
「そうか……。いい子だ。……お前は私の言うことだけ聞いていればいい」
「はい」
「お前の存在理由は、私にある。……私の元でしか、お前は存在する価値も無いのだよ。分かるな……? なまえ」
「はい。校長先生」
*
私のアリスは一概に、一言で言い表せるものでは無い。
唯、複雑で、無茶苦茶で、不愉快なアリスであることは確かだ。
私のアリスは記憶操作″――といえば、少し語弊が出てしまうだろうか。
記憶操作、ではあるものの、私のアリスは極めて危険度が高いらしい。
まぁ、簡単に噛み砕いて言うと。
フェロモン体質、と同様に、私に近づく人全てに記憶操作が影響する。
フェロモン体質のように、大抵は大勢に影響するもの。その上、私の行う記憶操作は実に悪質なものだった。
例えば――、とある人物に。
とある人物に『憎しみ』という記憶を植え付け、別の人物を殺させるのだ。
自分の手は汚さない。けれど、心はドロドロに汚れていく。
記憶を植え付け、感情を操作し、殺意を仕向ける―――結果論で、かつ大雑把に言うと、私のアリスはそんなものだった。
(汚らしい――おぞましい、殺人兵器量産かのような――アリス)
私は、三歳の頃にアリス学園へと来た。
それまではアリスの制御が一切出来ず―――、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人間という人間を殺し、感情という感情を壊した。
最初は姉だった。
一歳の頃、公園の砂場で遊んでいた時。山を作って遊んでいた時。
ふとした瞬間に、私の作っていた山が崩壊した。
原因は唯の突風に過ぎず、脆かった砂山が原因であるのだが―――僅かに。
僅かに、私の感情は高まってしまった。理不尽に、あらぶってしまったのだ。
その途端。
姉がいきなり呻き声を上げ、頭を振り乱し始め――そして、次の瞬間。
スコップを片手に、私へ振りかざした。
頬を掠めたスコップは砂に埋もれたが、けれどまだ満足に走る事なんて出来なかった私は怯えるしかなかった。
ただ、怯えていた。
ひたすらに、身体を震わせ、涙を浮かべ、言葉にならない悲鳴を上げていた。
すると、姉は、再び苦しげに呻いたかと思うと、スコップを自分の喉仏に――突き刺したのだった。
次は両親だった。
二人共、殺し合った。
そこで異常に気付いたアリス学園と接触し、危険度の高いアリスだと判明すると――すぐさまアリス学園へと送られた。
最初の一か月は幽閉に近く、対象を選ばぬ厄介な記憶操作フェロモン体質ということで、地下牢に閉じ込められたのを覚えている。
じめじめとした地下牢で、人が来るのは一日に二回、食事を持ってくるときだけという、牢屋に閉じ込められた罪人の気分を酷く味わったものだった。
否、私は人殺しなのだが。
そして一か月がたったある日、私は大量のアリス制御装置を付けられ――、初等部校長へと面会することとなる。
『君が……例の。記憶操作フェロモン体質の子だね』
『いいかい、君は人殺しだ。存在価値なんか何処にも無い。生きる価値もなければ、死ぬことも許されないのだ』
『けれど、私の元へ来なさい。そうすれば、君の望むものを与えよう―――』
『君の――生き甲斐を』
以来、私は校長のマリオネットとして動いている。
(けれど――自我は捨ててなんかいない)
決して、彼奴の支配の元になんか存在しない。するつもりもない。
私は私であり、たとえ罪の意識に呑まれる存在であったとしても、自分は手放さない。
(私は――人形なんかじゃない)
生きているのだ。
生きているから、感情も存在する。想いが、ある。
(寂しいなぁ、なんて)
心の涙を流すことが出来る。
私は、きっと矛盾している。
私はそっと髪のリボンに触った。
もう古くなってしまって、色もくすんでいる赤いリボン。
けれど、何よりも大切なものだった。
けど、私はこのリボンに誓ったから。
貴方を、絶対に守ると。
その為なら、私は。
たとえ矛盾も、受け入れなくてはいけない。
*
初等部校長と別れ、自分の部屋に向かう途中。
ふらふらと歩いていると、人影を見つけた。
それは、壁に凭れ掛かり、苦しげに胸を上下させている。
「……棗?」
「―――っ!!」
もしや、と思い声を掛けると――やはり。
艶やかな黒髪に赤い瞳の少年――もとい、同じ危力系である日向棗だった。
強気な瞳は今は苦しげに歪み、青白い顔色になっている。
あきらかに、アリスの使いすぎだ。
「棗、」
「なまえか……」
僅かに苦渋の色を滲ませつつ、棗は息を整えてこちらを見た。
その辛そうながら、強気な表情にほんのすこしだけ眉を下げる。
大丈夫――? と駆け寄ってしまいたいのを堪え、
ただすっと、眉を吊り上げ、あくまで自然に――嘲笑を浮かべる。
「また、任務だったわけ? まさかヘバってんの?」
「……うっせぇよ」
「情けないわね。ま、所詮アンタの弱さが原因なわけだし、私には関係ないけどね」
鼻で笑ってやると、棗はぎろりと睨みあげた。
何か言いたげに口元が動くが、余程しんどいのか空気が震えるだけに終わった。
「アンタさぁ、」
「……」
「もうやめたら? アンタの効率悪すぎるアリスじゃ到底、任務をするだけでも時間の無駄よね。どうしてペルソナもこんなやつ使うのかしら。猫の手も――ってやつ?」
「……」
「バッカみたい。当の本人はちょっとの任務程度でヘバってるわけだし。危力の恥晒しね」
「……」
「とっとと止めてくれないかしら。邪魔なのよね、アンタ」
「……テメェに言われる筋合いはねーよ」
黙っているのを良い事に、つらつらと黒い塊を吐き出していく。
一刻も早く、この穢れを落としたいかのように。擦り付けるように。
私は言葉を絞り出していく。
不意に、吐き捨てるように言ってから、棗は壁に手を着き、ゆっくりと立ち上がった。
酷く嫌悪の滲む声で、思わず悲痛に顔が歪む。
「テメェ――うぜぇよ。大っ嫌いだ」
「―――――」
ひくり、と喉が引きつった。
棗が、ここまで感情を露わにしたのなんか、言葉に表したのなんか、そうそう見たことが無かった。
けれど、これは自業自得にすぎないから。
自分の望んだ結果に、変わりないから。
「お生憎様――。私も大っ嫌いよ」
(ごめんなさい)
不安定に揺れ、小さくなっていく背中に、届かない謝罪を浮かべた。