企画

□楽園モラトリアム
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 どろりと、赤黒いものが広がった。


 先程まで狂った喚き声を上げていたものはもう既に動くことを止め、傍へ肉片として転がっている。



「―――は……っ」



 吐き気を催すような鉄錆の臭いが、身体に張り付く。まるで、私に絡みつくように。

 逃がさぬと、罪から逃すものかという怨念かのように。


 この臭いと不快感は、何年目といえど、慣れるものでは無い。

 否、慣れてしまったら終わりだろう。


 


 オフィスらしく清潔な白い壁紙で覆われていた部屋は、今や見る影もなく、赤黒い、渦巻くような血に覆われていて。


 陰謀めいた雰囲気だったものは無音へと転換し。


 あちらこちらに転がる血のついた凶器の数々が、この惨状の理由を示しているかのようだった。



――相討ち、仲間割れ。



 なんて、他人事に言えればなんと良かっただろうか。
 

 気持ち悪い。

                 
 けれど、これをやったのは。
    ・・
 これを指示したのは。




「―――っ」



 それから逃げるように、私は手に持ったものを痛いほど握りしめ、踵を返した。








 黒髪に紛れ踊る、赤いリボンを揺らして。














 一見、どこにでもあるようなオフィスビル。

 だが、実際は反アリス学園組織、Zの支部らしい。


 
 今回の私の任務は――、ここにあるであろうZの内部機密のデータファイルの奪取、そして当支部の壊滅である。
 


 一人残らず殺せ。



 それが七年前、私が校長直々に命じられたことであり、ずっと守り続けていることである。



(――この手は、一体何人の血で染めてきたのか)



 結局私は、任務という免罪符を掲げているだけで、ただの殺人鬼に過ぎない。


 アリス使いの人殺し。

 アリスの中には能力を国の為、政治の為、経済の為、人民の為に使っている人もいるというのに。

 所詮、私はアリスを穢している厄介者で。



 私の存在理由など、どこにもないのだ。







「……なまえ」


 暗闇から突如現れた人影に僅かに身構える――が、聞き覚えのある声に、肩の力を抜いた。


「ペルソナ、終わった」


「そうか」



 淡々と、任務完了の旨を伝えつつ、奪取してきた内部機密データファイルを渡すと、ペルソナは僅かに、満足そうに頷いた。


 
 それを私は、唯、冷めた目で見ていた。




 そんなものの、何処が良いのか分からなかった。


 血の沼に手を突っ込んで、無理矢理引っ張り出してきたようなもの、そんなもの。




(いらない)




 私は幾度となく、それを叩き割ってしまいたい衝動に駆られたのを思い出した。



 一刻も早く、穢れから身を引きたかった。洗い流したかった。



 それが、決して落ちることの無い、感情だと知っていても。








 不意に、私の頬にハンカチが当てられた。





「……ペルソナ?」


「……血ぐらい、拭え」


「……汚れちゃうよ」



 
 僅かに眉を顰め、ハンカチを取ろうとするも、頬を優しく拭われる。




 有無を言わせぬ、その仮面越しの瞳に、私は思わず黙り込んだ。





「……」


「怪我は、無いのか」 


「無いよ。そこまで柔じゃないもん」




 どんだけ過保護なんだ、と言外に思いつつ、拗ねた風に言うと、ペルソナは微かに笑った。



「それならいい」



「ペルソナ、私眠いから早く帰りたい」



「ああ」




(別に、ペルソナに照れたわけじゃないもん。唯、ちょっとだけ)






(ペルソナに褒められた気がして、嬉しかっただけ)



 ちらりと、ペルソナの視線が私の髪に映ったのことに、私は気づかなかった。











 頬が熱を持つのを感じつつ、早口で言って、近くの道路に止めてある黒い車に乗ると、苦笑した風のペルソナが後から乗ってくる。



 ギアを回すと、エンジン音が響き、程よい眠気を誘った。











「なまえ、明日もあるからな」


「……ん」




 あぁ、眠たいなぁ。






 
 眠さに任せて、瞼を閉じると、心臓がずきりと痛んだ。


 




 
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