企画
□楽園モラトリアム
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「ペルソナ」
「何だ」
「もしさ、ペルソナはさ、……私が死んだら、悲しい?」
「……特に何も思わん。だが―――惜しくはなるだろうがな」
「うん、そっか」
「……なまえ」
「なぁに? ペルソナ」
「お前のその、髪のは――」
「あぁ、これ? ……私の、宝物だよ」
*
私は危力系の集まりに出たことが無い。
理由は明確で――、もし、万が一私が他者とトラブルになり、激昂してしまった場合のアリス暴走を警戒して、である。
どうやら、私のアリス暴走に関する理性というものは実に脆いらしく――いや、というよりかは、激昂というか、感情の変動が激しいのである。
その上、厄介なことに、例え私が平常であるとしても、感情にため込んでいたならば――暴走の可能性は十分有り得る。
つまり、無自覚。
無自覚で、暴走してしまう可能性があるのである。
その上、フェロモンという体質の上、気づくのは他者に影響が出てからで。
その為、下手をしたら――危力系全員の暴走につながる事も有り得るわけだ。
あくまで、可能性。可能性に過ぎないのだが―――、あまりにも高リスクで―――メリットに伴わないのだ。
だが、参加出来ぬ理由には、もう一つある。
『ねぇ、ペルソナ。どうして参加しちゃダメなの? 私、制御装置ぐらいいくらでもつけるよ。苦しくても我慢する。だから、だから――』
『駄目だ』
『っ! 何で!』
『お前の場合、感情が爆発すれば、制御装置など容易く破壊するだろう。――それに』
『校長からの命令だ――。……≪余計な感情を抱くな≫だそうだ』
ほんの少し――、よくペルソナを知るものでなければ分からないような――悲痛な表情が、仮面越しに浮かんだのが分かった。
根は優しいのだろう、彼は。
所詮、校長は私のことをモルモットか何かだと思っている。あくまで、操り人形。
だからこそ、私と近い立場に居る中、人間性を捨てていない集まり――危力の集まりに触れさせたくなかったのだろう。
もし、それに刺激されでもし、校長に反抗することを――恐れたのだ。
恐れた、といえば大げさかも知れないが。
何はともあれ、それほど私のアリスは校長にとって非常に利用価値のある――重宝する駒であるということだ。
故に、私は棗のようにクラスには所属しておらず、そもそも私の存在を知る者は、校長やペルソナ、棗と――あと、危力系の僅かだけらしい。
棗は――、二年前くらいだろうか。
彼がこの学園に来たときに、接触させられたのだ。
それは校長の何らかの陰謀であったのかはその時は知る由も無く―――、唯々、すごく嬉しかったのを覚えている。
ここに来て、同い年の人間など、触れ合ったことも話したことも無いが故に、どうしようもない喜びに満たされていた。
『わっ、私、なまえっていうの。よろしくね……っ』
『……日向棗』
『なつめくん、って言うんだ! 私のことは、なまえって呼んでね!』
笑いあったあの日。
手を取ったあの日は、もう戻ってはこないのだろうか。
彼のあの時始めて見せた微かな笑顔が脳裏を掠め、心臓が跳ねたのを感じた。
*
「ペルソナ……?」
中庭。
授業が始まっているということもあって、ひっそりとした森の中を一人悠々と散歩していると、見慣れた背中を見かけた。
あぁ、そういえば、もうそろそろ。
「なまえか」
「うん。……ねぇ、今日私任務だよね。こんなところで何してるの?」
「棗を見なかったか」
ひんやりとした声で言われ、思わず肩が跳ねた。
しかし、気を取り直し表情を繕って、否定の意を示す。
「どうかしたの?」
「棗が今日任務なのだが、居なくてな」
つまり、逃げたというワケだ。
ふぅん、と適当に相槌を打ちつつ、視線を滑らす。―――と、建物の傍に、小さな人型の影が映っていた。
十中八九、棗だろう。
だが、不幸中の幸いなことに、ペルソナは気づいていないようである。
息を殺し、建物の影に隠れる棗から目を逸らしてから、ペルソナを見上げた。
「別に、棗にやらせる必要ないわよ。私がやるわ」
そういった瞬間、建物の人影が、びくりと跳ねた。
「……流石に、それは」
僅かに身体を気遣うような声に、私は拗ねたような表情をしてみせる。
「何? 私じゃ力不足? そんなに私のアリスって、役立たずかしら」
「……そういうことを言っているのでは無いが……」
「なら大丈夫よね。別に、棗の分ぐらい私で補えるわ。そもそも、アイツのアリスは効率が悪いのよ。建物を燃やしたって、時間がかかるし気づかれちゃう。それに一人一人を燃やしてたら時間が掛か―――」
「お前の身体のことを言っているんだ、絢芽」
「………」
咎めるようなペルソナを、私は静かに睨みあげた。
しかし、ペルソナは動じる様子も無く、淡々と続ける。
「お前の身体もガタが来ているだろう。今更、死に急ぐようなことは―――」
「ペルソナっ!」
気づけば、声を張り上げていた。
何故って――恐ろしかったのだ。
「死なない、私は死ぬわけない。私の存在意義は、校長先生が守るって言ってくれたわ。だから――死ぬわけない」
自分でもよくわからなかった。何を言っているのか、何を訴えたいのか、何を責めているのか。
ただ、ただただ、グルグルと渦巻く様な感情が胸中を占めていた。
「……そうか」
ぽん、と私の頭に手をやったペルソナ。
どうして、そんな泣きそうな顔をするの?
(棗と、顔も合わせたくなかった)
(聞かれてしまったから)