短編

□願わくば、来世こそ
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 私の実兄ことエレン・イェーガーは素晴らしく拍手喝采をせねばならない程の正義感と探究心を持ち、さり気無く美少女達を侍らせているという王道主人公まっしぐらという道を築いている。
 外の世界が見てみてぇ! と無謀というか危機感の欠片も無い発言を美少女の一人アルミン(私にとっては性別アルミンであり同時に美少女というカテゴリー)と公の場でしては、異端者を見るような目で見られて帰還してくる毎日だ。
 どうやらそれに洗脳されたらしいアルミンがボコられているのは、兄の所為でもあると思うし、時々奴を絞殺したい衝動に駆られる。テメェ、アルミンの柔肌に傷つけてんじゃねーよ間接的でも同罪だゴラァ!!
 そして美少女その2。私と同じ性別とは思えない程の美少女ことミカサ。父親ははぐらかして教えてはくれなかったが、ミカサが我が家に住みエレンを尊敬の眼差しというか、我々の業界からしてみればヤンデレと言っても過言では無い執着心をお持ちなのは、きっと昼ドラ的なドラマ展開があったんだろう。
 というか、あんな美少女と一つ屋根の下で居られるなんて万年続くご褒美でしかない。お父さん、お母さん、私、イェーガーに生まれて良かったです。ありがとうございますごちそうさまでした。
 時々ミカサからふわりと匂う良い香りには、同じシャンプーを使ってるはずなのに……!と頭を悩ませるものだ。ミカサ、マジ天使。結婚してくれ。

 だが。
 食事を並んで食べる兄とミカサの顔をじっくりとみていた時のこと(舐める様に見ていたことは否定しない)。

「あ」

「? なんだよなまえ」

 声を掛けてきたのがミカサなら立ち上がって元気に返事をしたが、掛けてきたのは生憎兄だった為総スルー。
 あ、気付いちゃったよ私。思い出しちゃったじゃんうーわーあ。

 ここ、進撃のなんたら、って世界じゃね?

 ぽーん、と閃いた。エレン、ミカサ、アルミン。何か見覚えのある顔立ちと聞いたことのある名前だと思っていたのだ。だけど進撃のなんたら、とやらは対して読んだことは無い。強いて言うなら友人からイラストと見せられたり話の内容を聞かされたりだった。
 確か、内容は巨人がどーんと登場して人間を食っちゃって、り、リヴァイ? とかいう友人の大好きな人が巨人をめった殺しにする話、だったか?……あれ、何か違う気がする。
 ううむ、と唸る。
 でもそしたら、もしかしたら、私がこの世界に居るってことは。

 死亡フラグじゃね?

 
******


「ちょ、兄、待てって! ミカサッ!!」


 くっそ速ぇ!!!
 母親と調査兵団? とやらに入る入らないで大喧嘩して家を飛び出した兄とそれを俊足で追いかけて行ったミカサ――に追いつこうと走った私は無謀だった。
 分かってたよチクショウ。
 ぜぇぜぇ言いながら見失った兄とミカサを探しつつ走って―――、というところで石に躓いてこけた。子供ってものは何でこうも簡単にこけるんだか。膝に熱が走る。痛い。
 じわり、と涙が浮かんだ。
 ああやだやだ。中身大人の癖して、みっともなく泣くなんて。子供の涙腺は緩くて困る。
 けど、ぽろぽろ零れる涙は止まらない。

「うぇっ……、ひぃっ……、あ、にぃ……みかさぁ……、どこだよ、ちくしょー……」

 ぐすぐす、と鼻を啜る。けど、裏道に入っていた所為か、誰も気づくことなく通り過ぎていく。膝に手をやると、赤で手が染まった。痛い、じくじくする。さらに視界が滲んだ。


 その、時。


どがぁああん、と激しい音が響いた。

 上がる悲鳴、遠い空に煙が上がっているのが見える。――かと思うと、ぐらぐらと地面が揺れた。

「はっ!? じ、地震!?」

 いや、この世界に地震なんて自然災害は無かった筈だ。では、何だというのだ。揺れはしばらく続き、ぱらぱらと柱の欠片が落ちてくる。
 状況を理解するためにも、這うようにして裏道から出た―――そこは。


 地獄絵図だった。


 崩れている家々には大きな岩のようなものが突き刺さり、阿鼻叫喚、悲鳴で溢れかえって――屋根の隙間から見えるのは。
 気持ち悪いぐらい大きな、そしてリアルな――顔だった。
 
「きょじ、ん」

 ぽろりと出てきた言葉。まだ幼いということもあって、この世界で得た知識ではない。
 前の世界で、友人に見せられた漫画に描いてあったもの。

 あ、これ巨人だ。
 
 普通に納得した。だって、それ以外の何でもないだろうに。否定しようが無い。ここは認めよう。
 ぽかん、と見ていた私だったが、いつのまにか足は家へと向かっていた。
 そう、どちらかと言うと、巨人の方へ足を進めていた。

 やめろって私。
 死亡フラグに自ら歩み寄ってどうすんの。

 馬鹿みたいだって、嘲笑しても足は進み、ついには走り出した。よたよたと覚束ない。膝は痛いし、散々だ。
 逃げ惑う人々と逆走するように走った。多分、兄やミカサは居ないんだろうけど。母親は多分、居る。

 馬鹿みたいな偽善心が、私を走らせていた。
 角を曲がり、そこには家が――。
 ある、筈で。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 遠くから響く声。間近で見る巨人の姿。――そして、口から除く何かの足。

 あ、食べられちゃったんだ、お母さん。

 冷静に理解した。慌ても無かったし、恐怖も無かった。満足そうにごっくん、とそれを呑みこんだ巨人の眼球がぐるりと動き――私を捉える。
 私は動かなかった。叫びもしなかった。ただ、身を任せる。
 
 死亡フラグだわ、これ。
 やっぱり、家に帰ったりしなければ良かったんじゃん。

 ぼーっ、としている間に、たやすく私の身体は掴まれた。熱い、気持ち悪い。
 一気に持ち上げられ、遠くなった地面にくらりと来そうになるが、何とか意識を留めて巨人の気持ち悪い面を眺める。

「―――ッ!―――!」

 喚く様な声が聞こえ、地面を見下ろした。
 
 誰か知らないけど、兵士っぽい人に抱えられ、逃げている兄とミカサの姿が地面にあった。おー、よしよし逃げてんな。そのままゴーだぜ兄。
 呑気な私とは対象に、兄は目を見開いて、泣きそうな顔でじたばたと暴れ、喚き、それを聞いた兵士の人とミカサが驚いて振り向いて、―――眼が合いそうになる。
 だけど、顔にかかった生暖かくねっとりとした気持ち悪い息に――、あ、食べられる、と悟った。
 あ、どうしよう。
 食べられるなんて、嫌だなあ。
 最後は老子が良かったのに。

 泣きそうな兄が何かを喚いているのを見て、私は眉根を下げた。

「どうしよう、お兄ちゃん」

 死んじゃうよ。

 困ったなあ。
 
 私の意識は途切れた。



願わくば、来世こそ



    

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