短編

□狂った彼は止められない
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 俺は、妹を見殺しにした。

 あの日。あの、超大型巨人の襲撃の――日だった。

 
「エレン、こんなところに居たの」

「……ミカサ」

 
 食堂を抜け出し、ベランダから空を眺めていた俺の後ろから、聞きなれた女の声が響いた。ひんやりとした声だが、今となっては馴染み深いものだ。
 ミカサはすたすたと歩き、変わらぬ無表情で俺の横へ並んだかと思うと、小さく首を傾げrる。

「エレン?」

「……なあ、ミカサ」

「何?」

 はあ、と息を吐く。冷えた夜の所為か、白い息が広がって、小さく眉を顰めた。
 そして、それから目を逸らすようにして吐き捨てた。

「アイツは……、なまえは、恨んでたかな」

「……」

 何が、とは言わない。きっと、ミカサには伝わっているのだろう。
 
 なまえは、三つ年下の俺の妹だった。母さんによく似ていて、よく笑うやつだった。
 ミカサにはよく懐いていて、だがまあ、アルミンには良く分からない言葉を口走ってはいたものの、そこらの子供と変わらない無邪気さを持っていた。
 けど、俺やミカサやアルミンのように外へ出る様なやつでは無く、家で引きこもってごろごろしている方だ。面倒くさい、が口癖だったような気がする。
 でも別に、俺はなまえのことは別に嫌いでは無かったし、なまえも俺のことを好いていてくれた……と思う。普通に仲が良かった。

 けど、なまえは巨人に食い殺された。

 母さんが殺されたあの日。ハンネスさんに抱えられ逃げた俺は―――、母さんを殺した巨人の向こう側に、よく見慣れた小さな姿があるのが見えた。
 巨人は、その小さいものを掴み持ち上げる。

 そこで。


「嘘、だろ……!?」


 掴まれてなすがままになっているのは、間違えようのなく、妹だった。虚ろな表情のまま、握りしめられたなまえは、その瞳に――俺を移した。
 だが、表情は全く変わらなかった。あ、兄だ。と言いたげな、朝起きてきて、おはよう、と言う時のような対して興味もなさそうな顔だった。

「離せ、離せッ!! なまえが、なまえがいんだよっ!!! 巨人に、捕まってるッ!!! 離せぇえええええええええええ!!!!!!!」

 喚いて、ハンネスさんの腹を殴る。――が、びくともしない。
 だが、俺の言葉にハンネスさんもミカサも反応し、咄嗟に振り向く。

 しかし、もう遅い事に なまえ の頭は巨人のデカい口に運ばれていくのが見えた。だが、なまえは全く表情を動かさない。

「なまえ……ッ!?」

 さぁっ、と顔を青くさせたミカサが震えた声を出し、俺は懸命に暴れ、手を伸ばす。


 そこで。

 ようやく。

 あ、という感じに。
 その時初めて、食われそうになっているということを気づいた、というように。
 なまえは巨人の口を見た。そして、こちらを再び振り向く。
 そして。


「どうしよう」

 と口元が動いたのが見えた。そして、小さく首を傾げて、困ったような顔をする。
 
 何で、今更なんだ。
 何で、叫ばない。泣かない。怖がらない。逃げない。抵抗しないん、だ!
 
「やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 お兄ちゃん、と珍しく妹らしい呼び方をしたなまえの小さな体は、巨人の口へと消えて行った。



 なまえは恨んだだろうか。

 自分の運命を、不運を。

食らった巨人共を。

 そして――、そして。

 見殺しにした、俺を。




「なまえ、は……」

 ミカサは困ったように口ごもった。

 苦しそうな表情で俯き、唇を噛み締める。

「なまえを、俺は見殺しにした」

「そんな、こと……ッ!!」

「俺が、あの時、俺が……」

「違う!」

「違わない!!」

「私が、弱かったからッ!! 私が弱かったから、なまえを、助けられなかった! 私が強かったら、なまえは死ななかった!!」

「けど、俺が、最初に気付いてたんだぞ!! 俺がすぐに行けば、なまえだけは助かってたかもしれないんだぞ!!」

「エレンが代わりに死んだとしても、なまえは喜ばない!!」

「な……ッ」

 ミカサは、縋りつくように俺を見た。揺れる瞳が、醜い俺の表情を移す。
 違うんだよ。
 俺が、俺が、なまえを。

「何でお前になまえの気持ちが分かるってんだ!!」

「分かる!! あなたには分からないかもしれないけれど、私には分かる!!」

 無茶苦茶な言い分で、ミカサは叫んだ。
 そんなこと、分かるわけ無い。

 今でも、俺は。


「どうしよう、お兄ちゃん」


 あの時、何故アイツは困ったように笑ったのか。全く分からない。何で。何で。俺、は。















「違うだろ」



――――そんなこと、ぐだぐだ考えても意味は無い。


「エレン……?」

「そんなこと、知らない。俺が出来るのは、巨人を一匹残らず駆逐することだ。ぶっ殺して巨人をこの世界から消す」

「エレン、」

「それが、唯一なまえの為に出来ることだ」

 瞬間、ミカサの顔が泣きそうに歪んだのが分かった。
 
 だけど。
 俺は間違っていない。
 大丈夫。
 俺は、間違っていない。

「なまえ、俺は絶対、やってやるからな」

「エレ、ン……」


(少年の目は、ただ弱者を伏せる強者の眼だった)




狂った彼は止められない



 

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