短編

□鬼に成り切れなかった少年
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「イッタチくーん!!!」

 目の前を歩くは艶やかな黒髪を揺らし、背筋を真っ直ぐに伸ばした美少女、抱きしめたくなるようなキューティクルフェイスだけどちょっぴり老け顔のうちはイタチ君である。
 彼はぶっちゃけ強いし才能だしうちはだしと、敬遠されがちだけれども私は気にしない。
 だって上司だもん!
 それって特権だよね!!
 というわけで、私は脳に植え付けられた『イタチ君を見たら抱き着け』という本能に従っている。がばっ、と両手を開き、隙だらけの私よりちょっとだけ高いイタチ君の背へと愛をぶつけるのだ!!
 ぎゅむっ、と抱き着く。ああ愛おしいよ可愛いよイタチ君。今日もとっても素敵だね!このザラザラとした触感、冷たく固いその身体は何とも、

「ってこれイタチ君じゃなーい!!」

「……またですか、なまえさん」

 あろうことか、抱き着いていたのは変わり身用の丸太。ありえない! こんな無機物をイタチ君と間違っていたなんて、何てことだ!!
 後ろで呆れた声音というか、もはや軽蔑の色を滲ませているイタチ君。ぐりん、と振り返って、眼を爛々と輝かせつつイタチ君に詰め寄る。鼻息荒い? そんなこと知るか。

「ごっめんねえイタチ君! 可愛い可愛いイタチ君と無機物なんかを間違えるなんてとんでもない事をしてしまったよ!! ああ、罪な私を許して!!」

「許さないので二度と近づかないでください」

 絶対零度の瞳でイタチ君は私を見降ろした。くそう、若干、ほんとちょっとだけ低めの私の背が恨めしい。年下のイタチ君よりも背が低いだなんて、そんな……!
 せめてイタチ君より背が高くありたい! そしてイタチ君をエスコートしたりお姫様抱っこしたりするんだ!!

「その悍ましい妄想を止めてください」

「そんなあ! 私の生き甲斐になんてこというの!! 私の人生はイタチ君で回ってるんだよ! あ、だったら妄想では無く現実に、」

「地中深くに埋まっておいてくれませんか」

「ひどい! けどそんなところも素敵だよ!!」

 別に私はマゾなわけじゃないけど! 何だろうね、イタチ君のすること成すこと全て愛嬌を感じて可愛く思えてくるんだよね! 
 というか、私の……癒し、かな。

「つまり私の命運を握ってるんだね!」

「勝手に何で握らせられないといけないんですか」

 はあ、と大きなため息。憐れむような視線が辛いです。
 でもここは譲れない。イタチ君に対するラブは熱いものだからね!!
 私はへらっ、と笑ってイタチ君を見上げる。

「でもさあ、イタチ君がエンジェルで憩いで癒しであるのは間違いないよ」

「……意味が解りません」

「暗部でさ、年下の子なんてそうそう居なかったからねえ。やっぱり可愛いもんさ」

 イタチ君が来るまで暗部では私が最年少だったが、天才少年ことイタチ君の登場によりそれが塗り替えられた。
 私も昔はちょっと天才少女だとか言われていたというのに、イタチ君が登場した瞬間掌を返すようにちやほやされなくなり、嫉妬だって覚えた。
 けど、それはイタチ君のキューティクルフェイスを見た瞬間に消え去ったとも!!

「というわけで私はイタチ君ラブなわけなんだよ。イタチ君になら殺されてもいいっ!!」

「気持ち悪い事を言わないでください」

 徐々にげっそりとし始めたイタチ君。いやあ、そんな所も可愛い。
 
 だが残念ながら、そろそろ任務のお時間なのである。くそ、私の癒しタイムをぶち壊す任務が憎いわあ……。ぎりぎりと奥歯を噛み締め、小さくため息をついてからイタチ君の頭を背伸びして撫でる。
 意外とイタチ君は抵抗しなかった。

「そんじゃ、イタチ君。お姉さんは任務行ってくるから。寂しくても泣いちゃダメだかんね」

「……泣きませんよ、子供扱いしないでください」

 拗ねたようにそっぽを向くイタチ君の可愛さは殺人級だった。



*******



 随分と任務が長引き、気が付けば一週間。
 疲れた身体に鞭を打ち、ずるずると木の葉に帰還した私は、やけに鼻につく匂いに顔を顰めた。

「あの、なまえさん、この匂いって」

「ん、多分血の匂いでしょうね」

 任務の付添だったジロちゃん(本名次郎丸)が仮面をつけたまま不安げに声を漏らした。
 年上なのに不甲斐なさすぎるジロちゃんは、落ち着かない様子でそわそわしている。この人、威厳ってものが欠片も存在しない。由々しき問題だ。

「ジロちゃん。ちょっと私見てきますんで、任務の報告お願いします」

「あ、ハイッ」

 情けないものの、ジロちゃんだって暗部だ。気配を一瞬にして消し去り、その場を立ち去る。ジロちゃんは意外と強いのだ。
 それはさておき。
 この凄まじい血の匂い。何処からか知らないが、明らかに面倒くさそうなやつだ。大量殺戮とかそんなんだろう。それにしても、誰が。

 その疑問は、すぐに解決された。

「あ、やっほうイタチ君」

「……」

 服や身体にはついていないもの、片手に血がついたクナイを持っているイタチ君。
 一目瞭然である。

 夜目にも見える、赤く爛々と輝く瞳。これが写輪眼とかいうやつなのだろう。

 一瞬、ほんの一瞬だけ驚愕、焦燥、そして悲哀に顔を染めたイタチ君だが、次の瞬間には無表情に戻る。そして、黙ってクナイを構えた。
 
 そして私はその表情の移り変わりで、全てを理解する。

「イタチ君、駄目だよそんなもの人に向けちゃ」

「俺はアンタを殺すことだって出来る。……失せろ」

「そうだねえ。確かに私は暗殺とかより諜報とか司令塔向きだしなあ。簡単に殺されちゃうねえ」

「……余程死にたいようだな」

 地を這うような低い声。だが、その芯は僅かに震えている。
 駄目だなあイタチ君ってば、忍者ならきちんと騙さないと。

「お口が悪いねえ、そんな風に育てたつもりは無いんだけどなあ私。ていうか、別にいいよ? ほら言ったじゃん、私はイタチ君になら殺されてもいいよーって」

「そうか……、ならば、お望み通り殺してやろう……!」


 ぶわり、と溢れ出る殺気。
 別にふざけてなんかないとも。本気とかいてマジだ。
 イタチ君が本気で私を殺すことを厭わないと思っていることも、本当だと知っている。

 けれど、イタチ君には私を殺せない。

 何故なら。


「あはっ。別にいーけど。私を殺したら、イタチ君さあ」

 にっこりと笑う。
 純粋に、正直に、ただ、真実を。

 ・・・・・・・・・・・・ 
「弟想いの優しいお兄ちゃんじゃなくて、」

 いつもの声音で。
 普通に喋る様に。

 ・・・・・・
「ただの殺人鬼になっちゃうね」


 イタチ君は動かなかった。
 瞬き一つせず、クナイを握りしめたまま茫然と私を見る。

 ほら。
 結局彼は鬼ではない。
 忍びといえども、人間であり人間でしかない。
 作られた鬼は鬼ではないのだ。
 彼は所詮、『お兄ちゃん』でしかない。

 動かないイタチ君を良い事に私は一歩、また一歩と近づく。

「ねえ、提案があるんだけれど」

「……」

「私は何も見なかったしイタチ君も誰も見なかった、っていうことで良いんじゃないかな」

「……」

「うん、異論は無いね」


 警戒せず、ただステップを踏むように歩み寄って。
 そして、イタチ君の横を通り過ぎる瞬間、その耳元で囁いた。


「―――結局、人の子は人の子ってね」





鬼に成り切れなかった少年





 からん、とクナイが落ちる音がした。

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