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「……あ」

「ん?」

 一瞬にして乙女心を射抜く美形顔と女子顔負けの綺麗に靡く黒髪。
 首が痛くなるような背の差故に私はそれが誰であるかを即座に理解してしまったし、相手も私の漏らした声に反応してしまった。
 そしてかち合う視線。

「……こんにちは、殿内先輩」

「最初の沈黙が何なのかオニーサン気になっちゃうんだけど……」

 取り繕うように余所行きスマイルを浮かべると、殿内先輩は顔を引きつらせた。
 何のことやら、とそ知らぬフリ。
 殿内先輩は膝を折り、私の目線に合わせて口元を緩めた。

「なまえちゃん、こんなところでどうしたんだよ」

「今日は特力での授業があったんで……、その帰りですよ」

「ああ、今日だったのか。行き忘れてたわ……」

 妙に気まずそうに頭をかく様子がどことなく子供っぽく見え、私は苦笑を零す。

「先輩は忙しくていらっしゃるんですし、仕方が無いですよ。お気になさらないでください。寂しがるのは精々安藤先輩と佐倉さんくらいですから」

「なまえちゃんは寂しがってくれないのね……」

「え、はいまあ」

「オニーサンのメンタルは鉄で出来てないんだぞ!」

 うわあ、と泣いたふりをする殿内先輩にくすりと笑みを零す。
 この人は相変わらずだ。佐倉さんに似た何かを持っていて、自然と笑みを零させてしまうような、ナチュラルで不快感を感じさせない温かさ。
 元から好印象を抱いていた所為もあるのだろうし、私の『元々』の年齢と限りなく近いことも加担して、妙な親近感を抱いている彼とは割と話やすいのだった。

「殿内先輩こそどうされたんですか?」

「ああ、俺? ちょっと翼に様があったんだけどよー、探しても中々見つかんねぇんだよ」

「探すの、お手伝いしましょうか?」

「お、マジで? サンキュー!」

 特力の授業を以って小等部生は放課後だ。その上、得に放課後はやることは無い。暇を持て余していた状況なワケだし、何ら問題は無いだろう。
 しかしまあ、殿内先輩の疲れた様な表情を見るに、自由人で浮浪者気質な安藤先輩を探すのは骨が折れるのだろう。探したことが無いから分からないけど。
 特力では会ったが、終わったらすぐに出て行ってしまった為、今どこにいるのか全く見当も付かない。――けど、一人よりかは二人の方が効率が良いし。
 そういう意味も込めて控え目に提案すると、殿内先輩は目に見えて表情を明るくさせた。
 何故だろう、哀れだ。

「どの辺に居らっしゃるんでしょうね。……もしかしたら、小等部の方に遊びに行っているのかも。よく日向君とか乃木君、おちょくってますし」

「あー、ありそうだな。……じゃあ、行ってみるか」

「はい」

「あ、なまえちゃん。ちょっと待ち」

「はい?」

 頷いて歩き出そうとすると、妙に弾んだ声の殿内先輩から静止の声が響く。踏み出そうとした足を途中で地につけ、振り向くと同時に。

「え―――? 、わっ!」

 腹辺りへの圧迫感と急な浮遊感。
 茫然としている間に足は地から離れ、ぐるりと視界は上へと回る。一瞬青い空が視界を覆い尽くしたかと思うと、次の瞬間には殿内先輩の顔が間近に映った。

「え? はあ?」

「よし、これで行こうぜ! 一度なまえちゃんにやってみたかったんだよなー!」

 所謂、『抱っこ』されている状態。殿内先輩の右腕に乗る――というか、座っている状態。
 私は妙にノリノリの殿内先輩を怪訝そうに見つつ、慣れない恰好に身を捩じらせた。

「いや、あの……。これの意味って……」

「なまえちゃんって、こういうのやらせてくれなさそーじゃね?」

「はあ、まあ。やりませんけど……」

 理由を聞いているんだが理由を!
 そう叫びたいが、先輩の手前抑えるしかない。暴れて怪我をするのも嫌だし。
 引きつった笑みを浮かべ、大人しく身を預けていると。

「な、何やってんだ……」

 絶望をはらんだ様な声が不意に耳に届いた。

 突然の来訪者に目を瞬かせ、視線を巡らせると――目的の人物、今まさに探さんとしていた人物こと安藤先輩が何故か顔を真っ青にして立ちすくんでいた。
 そして何故か俵担ぎをされた日向君。険悪な表情でこちらを睨みあげている。そしてその横にはオロオロした様子の乃木君。
 何この構図。そしてカオスだ。
 どうやらおちょくっているアンドおちょくられている最中だったらしいお三人様だが、抱えあげられている私を見てフリーズなさっている。
 何故だ。

 あっさりと日向君を解放した安藤先輩はわなわなと震えた後、声を荒げた。

「なまえ駄目だ子供が出来るぞ!!!!!」

「できねぇよ!!」

 唖然としている私よりも早く覚醒したらしい殿内先輩が噛み付く様に怒鳴る。
 不健全なセリフを吐いた安藤先輩はズカズカと歩み寄り、私の脇に手を入れたかと思うと、抱きかかえて殿内先輩を睨みつけた。

「殿! 流石にロリコンはどうかと思うぞ!!」

「違うって! 俺は翼を探そうとしてただけだっての! それでなまえちゃんが一緒に探してくれるって言ったから!」

「だからって何で抱きかかえてたんだよ! 俺は全然やらせてくれねぇのに! 俺も可愛い後輩抱っこしたいんだよ!!」

 それが本音か。

 段々安藤先輩を見る目が軽蔑に変わっていくのを感じながら、安藤先輩の腕から抜け出そうと抗う、が、それに気付いた安藤先輩が涙目で喚いた。

「なまえお前俺より殿がいいのか!! 殿は変態だぞ! 手が早い上にロリコ――いでぇっ!!」

「っうわ!」

「みょうじ!? だ、大丈夫?」

 突如、安藤先輩が叫び声を上げ、ぐらりと揺れたせいでバランスを崩す。そして抗う術も無く、地面と熱いキスを交わした。痛い、何て事を。思いっきり顔から落ちたぞ。
 お姉さま方の天使こと乃木君が心配して駆け寄ってきてくれる。うわ、天使だわ。心読み君には負けるけど。
 優しい乃木君の手を借りて立ち上がるが――、乃木君は何故か私の手に力を込めた。場違いとは分かっているものの、女子顔負けのすべすべな手にびっくりである。
 それから首を傾げて乃木君を見た。

「みょうじ……あのさ」

「え、何?」

「その……、ああいうの、いつもアイツにさせてるの?」

 抽象的な語では無く名詞を使って話してくれまいか乃木君よ。
 アイツだかああいうのだかと言われても誰だか何なのかさっぱりだ。
 そんな私の様子に気付いたのか、乃木君は慌てて首を振り「何でもない」と取り繕う様に言う。

 何だったんだ。

 よく分からないが、とりあえず乃木君に礼を言って立ち上がる。
 安藤先輩の罵詈雑言にブチ切れた殿内先輩が殴ったか、と恨みがましい目で顔を上げるが、――どうやらそれは違うらしく。
 ぽかん、としている殿内先輩の視線の先には。
 
 ファンの皆様もビックリ! な不機嫌面の日向君が降臨なさっていた。
 日向君が安藤先輩を殴ったらしい。
 何故だ。
 どうやら不機嫌マックスの日向君は、ぐりんと私の方を向き、地を這うような声を出す。
 
「……おい」

「は、はい?」

「……」

「……ええと、日向君?」

「……」

「えーと……、ありがとうございます?」

 沈黙が痛い。

 日向君の行動の意味はさっぱり分からないが、おそらく安藤先輩から逃げようとしていた私を助けてくれたのだろう。
 自分の中でそう解釈をしつつお礼を言うと、日向君は目に見えて眉を顰めた。
 あれ、まさかの自意識過剰?

 助け舟を求め、視線を巡らせる。
 顔を引き攣らせて殴られたらしい後頭部を抑える安藤先輩と、何処か面白そうな顔をしている殿内先輩。
 うわあ。絶対助けてくれなさそうだ。

「あの、」

「……お前」

「はいっ!?」

 恐ろしや、ブリザードの如し声だとも。

 不機嫌そうな顔。だが僅かに視線をそらしながら、日向君は言った。

「簡単に男に抱き着くんじゃねーよ。ボケ」

「……は?」



(は? どういう意味?)

(うわあすげぇ面白い……)




  不器用ズ。



 

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