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「なまえちゃん、大好き」

 いつもと違う雰囲気だとは思っていたけれど。
 突然真剣な顔でそんなことを言い出した心読み君の返事を求める言葉には、首肯するしか無かったのである。


 ***


「なまえちゃん!」

「あ、おはよう心読み君」

 目が合うなり、顔を輝かせた心読み君は当然の如く私の隣の席へと座った。
 それから少し視線を彷徨わせたかと思うと、伏し目がちに私の顔色を伺った――かと思うと、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で顔を綻ばせる。
 何面相もする心読み君は傍から見ていてとても面白いが、心読み君の真意の読みにくい瞳の奥に期待がチラついているのに気付き、小さく首を傾げてみせる。

「どうしたの?」

「んーん!なまえちゃん可愛いなあって思って!」

「……………………」

 だんっ、と突っ伏した。
 
 心読み君の素晴らしい笑顔を見る限り、完璧に確信犯だということは分かっているが、きゅんとくるものはくる。こっ恥ずかしいといえばこっ恥ずかしいが、それよりも心読み君に対する愛が勝っている。
 萌え。今の心情を表すならそれだ。

 何この子。むちゃくちゃきゅんきゅんするんだけど。

「どーしたのなまえちゃん!」

「心読み君マジ天使」

 口元がにやけるのを手で隠しつつ、出来るだけ澄ました顔で起き上がる。心読み君の方が数億万倍可愛いと思うよ、うん。
 ごほん、と咳払いをしつつ、ニヤニヤした笑みを浮かべる心読み君の顔を軽く掌で押さえつけていると、

「おーお熱いねえお二方!」

「な、何や知り合いがイチャイチャしてるとこみんの、妙な気分やなあ」

「爆発すればいいのに、とは思うわよね。……けどお金になるなら良しとするわ」

 出歯亀――というかもはや大っぴらに見ている三人、もといキツネ目くん(ニヤニヤ)、佐倉さん(何故頬を染めている)、今井さん(無表情で連写中)。
 やめてくれ。切実に。

 露骨に嫌そうな顔をする私だが、そんなの全く気にせず――それどころか事を大きくしてしまうのが心読み君だ。
 悪戯精神が擽られてしまうらしい。

「そりゃそうだよ! だってなまえちゃん僕のカノジョだもん!!」

「くっそー、心読み! 何だよ仲間外れにしやがってー!」

「へっへーん!」

「だ、ダイタンや!!」

「……」

「や・め・て・く・れ!!」

 うわああああ、と頭を押さえ、再び突っ伏す。
 胸を張ってカノジョ宣言をする心読み君だが結局それは事実であるわけで、否定することすらできない。
 中身イイ歳している私の癖して、何九歳の男の子のマセっぷりに動揺しなくちゃならんのだ。負けた気がする、どうにも悔しい。
 そもそも何で心読み君はこんなに堂々としているんだ。いつからこんなにマセちゃったんだか……ああ、前からか。
 思考回路が終着点についたところで、色々と諦めたため息を着き、妙に論争を開始している心読み君アンドキツネ目君アンド佐倉さん達から目を逸らすように顔を上げると――ばっちりとカメラを構えた今井さんと目があった。

「……今井さ」

「……ちなみに告白したのはどっちからなのかしら」

 さっと目を逸らした。
 ああ駄目だ。今井さんにとっては第一に金第二に金第三に金だというのに。
 救済者は何処にいるんだろう。

 構わず連写し続ける今井さんから目を逸らし、お三方から目を逸らし、行き場の無くなった視線は空を漂う。
 黄昏たい気分だ。
 どうしてこうなってしまったのやら、と遠い目になるのは仕方がないだろう。心読み君は心読み君で何故か付き合っている事実を大っぴらにするし――いやまあ別にそれが嫌という程恥ずかしいわけでもないが、それでからかわれたりされたらどう反応してよいものか分からないのだ。
 心読み君が平気な顔をしているだけに、私が動揺していると、心読み君に弄ばれている感が半端ないのである。それだけは嫌だ。私は心読み君を可愛がる立場でありたいのに。
 あの時どうしてイエスと言ってしまったのか。――いや、後悔しているわけではないけれど、今までの関係を継続という選択肢もあった筈だ。

(ああ……)

 もしかしたら。
 あの心読み君の真剣な目に。

 不覚にも――ときめいてしまったのかもしれない。
 久方ぶりに訪れる胸の高鳴りに身を委ねてしまったからこそ、首肯せざるを得なかったのか。
 何にせよ、その時点で私は心読み君に負けていたのかもしれない。

 その時の記憶が今となっては曖昧なだけに、推測しか出来ないが。

「なまえちゃん? どうしたの?」

「ん? 何でも無いよ」

 現実逃避をするあまり、余程ぼうっとしていたのか、心読み君が少し心配そうに声を掛けてきた。
 急いで笑顔で取り繕い、にっこりと笑ってみせると、心読み君は何故か眉根を下げて項垂れる。

「もしかして、なまえちゃん……嫌だった?」

「え? 何が?」

「……僕のこと、嫌いになった?」

「ええ?」

 もしかして、心読み君は付き合っていることを言いふらしたことを私が怒っているとでも思ったのだろうか。まさか。
 いや別に嬉しかった、というわけでもないけれど、いずれはバレるだろうとは思っていたし、気にすることでも無い。
 まあ、恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど。別に嫌いになるなんて、考えもしない。

「何で? 嫌いになんかならないけど……」

「でもなまえちゃん怒ってるかなって……」

「ええ? べ、別に怒ってないよ?」

「え? どしたん? なまえ怒っとるん?」

「そりゃあ、プライベートにずかずか入ったりしたら怒るわよね」

「まあ、確かにねー。ごめんねなまえちゃん」

 垂れる耳と尻尾が見え始めた心読み君に慌てて弁解をする私の横から、マイペースな三人(一人は言っていることとやっていることが矛盾している)組が顔を出すが、それを華麗に無視。
 怒ってるって心配に思うなら少し黙ってて欲しいかな、うん。

「ほんと? ほんとに怒ってない?」

「やだな、別に怒ってなんかないってば」

 先程の意地悪気な態度とは打って変わって、どんどんテンションが下がっていく心読み君。どうした本当に。何か吹き込まれたのか。
 
「なまえちゃん、嫌いになってない?」

「いやだから、そんなこと一言も言ってないでしょ?」

「……なら、僕のことどう思ってる?」

「は?」

 俯き加減の心読み君の顔色はよく見えない。
 だけど、これは恐らく―――恐らく。

 言わなくちゃ、いけないのだろう。
 その匂いがぷんぷんしている上に、今井さんがカメラを構えていることからそれは間違いない。
 今、言えと――この佐倉さんやキツネ目君にも注目されているこの空間で。

「なまえちゃん……」

「…………………」

 今にも萎みそうな声音。
 母性愛的な何かが擽られるような声音である。

 まさか、十歳もそこらでこんなことを言わなくちゃいけないだなんて。
 何たる。最近の子はマセてていけない。本当に――。




「す、好き……だよ」




 ぱしゃっ、とフラッシュが瞬いた。





 そして、それと同時に見てしまったのである。
 がちがちに固まりつつも絞り出した声に反応するように顔を上げた心読み君の顔に――ニヤニヤという笑みが張り付いているのを。

「なまえちゃん、初めて僕のこと好きって言ってくれたー!」

「甘酸っぱい青春の一コマね、責任もって収めたわ」

「なまえちゃんがデレた!!」

「な、何なんやろこれ……きゅんきゅんするねんけど……これがいわゆる、セイシュンなんか!?」


 
 これは何かの罰ゲームか。
 絞り出した私の勇気やら想いというものが無残にも砕け散る。
 どれだけ勇気を出したと思ってるんだ。それを面白半分に、心読み君の場合泣き落としまでして。
 しかも出歯亀が居る前で。
 どれだけ、私が……!

 
 そう―――そうか。


「ねえ、知ってる?」


「んー? なあになまえちゃん!!」


 素晴らしい笑顔の心読み君に対抗するように、にっこりと笑みを浮かべる。
 その瞬間、私の思考を読み取ったらしい心読み君が笑顔のまま固まった。


 私は、にっこりと、いまだかつて浮かべたことが無いような笑みを浮かべて。



「私だって、キレる時はキレるぞ」

 
 
 とある教室で、絶叫が響き渡った。




  それでも幸せは日常だった。





 

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