企画

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「じゃあクジで係をきめまーす!」

 子供向けのにっこりスマイルを浮かべて、鳴海先生がそう宣言したのが――三十分前。

 私が『配布係』と書かれたクジを引いて絶望したのが――二十分前。

 日向君も同じクジを手にしているのを見て愕然としたのが――十分前。

 そして、今。


「じゃ、みょうじさん、棗君、これ職員室までお願い」

 放課後になり、生徒も大分居なくなった頃、鳴海先生に引き留められた私と日向君は目の前に聳える課題の山を見て言葉を無くした。
 山意外に比喩の仕様が無い。軽く私の背丈を超えている。

 茫然としているのは無論日向君も同じことで、楽しそうなのは鳴海先生だけである。

「あの、先生、これ……」

「ああ、これA組の宿題みたいなものなんだけどね。アサガオ観察日記なんだけど、そのアサガオが岬先生作のやつらしくって……。一人一人押し花を作って挟んでいるそうなんだけど、どうやらそれが巨大化しちゃったみたいなんだよねー……」

「意味が解りません。というか、何でA組のものを私達が……!」

 だよねー、じゃないよ!
 A組っていったら、あのちびっ子クラスだろうけど、それを何故B組がやらねばならんのか。
 しかも、この巨大なものを。
 巨大化するって何。私の知っているアサガオはそんなことにはならない筈だ。岬先生作のくだりあたりから、嫌な予感はしていたけれど――流石と言わんばかりに予想を大きく上回ってくれている。全く嬉しくない。

「流石にこれはA組の子達じゃ運べないみたいでさ……。かといって、中等部の子に頼むわけにもいかないし、先生たちも忙しいからね……。今日丁度係も決まったことだし、初仕事ってことで☆」

 ぱちん、とウインクをする鳴海先生。飛び出た星をさっと避けつつ、再び観察日記の山を見る。
 うん、普通に山だ。

「これ、何往復すればいいんですか……っ!」

「うーん、ごめんね……悪いとは思うんだけど。あ、じゃあ、みょうじさんのアリスで何とかならない?」

「力持ちとかサイコキネシスが使えるアリスの方を連れて来たら何とかなるかもしれませんけど、というかそもそも私はアリスを自由自在に使えるってわけじゃありませんから無理ですね」

 舌打ちでもしそうな声音で言うと、「そっかー……」と鳴海先生は顔を引き攣らせる。何て無責任なんだろう。私のよわっちく不安定なアリスに何を期待するというのか。やめてくれ。
 呪詛の言葉でも吐きそうな勢いで山を睨みつけていると、ずっと黙っていた日向君がチッと舌打ちを零した。

「……二人でできねぇだろ、この量」

「まあまあそんなこと言わずに! 何往復か出来るだろうし、この際仲良くなっちゃえ☆ みたいなノリで頑張って! んじゃっ」

 日向君が苛々マックスで発言した途端この反応。ハートを撒き散らし、あっさりと逃走した鳴海先生を殴りたい気持ちに駆られるが時もう遅し。
 教室のドアを掻い潜り、廊下を曲がって見えなくなってしまった。

 そして残るは私と日向君。

 沈黙が痛い。


「……はあ、じゃ、運ぼうか」

「……お前、これ本当にやる気か?」

 
 沈黙を破ろうと軽い笑みを浮かべて提案すると、日向君は顔を歪めた。まるで「お前頭大丈夫か?」とでも言われている気分だ。
 だけど、やるもやらないも、ここに放置しておくわけにはいかないじゃないか。


「クジで決まったと言えば決まったわけだし、仕方が無いよ、諦める」

「チッ……くだらねぇ」

 
 吐き捨てるように言う日向君を尻目に、私は観察日記の山へと歩み寄る。そして、適当に山の一部を掴みとり、抱えた。
 
「重……っ!」

 だが意外に重い。というか普通に重い。妙に膨らんだ観察日記の所為で積み重ねにくい上に、むちゃくちゃ重い。
 たかが数冊だというのに、何だこの重さは。米俵を持ち上げている気分である。
 予想外の重さに冷や汗を流しつつ、観察日記の束を持つ手に力を込める。

 まさかこれを何往復もやらねばならんのか。鳴海先生、鬼畜意外の何者でも無い……ッ!
 恨みつらみを込めて山を睨みつけつつ、よたよたとドアの方へ向かおうとすると、後ろで舌打ちが響いた。
 何だろう、今日は舌打ちを良く聞く日だ。

 かと思うと、隣に不機嫌面のまま観察日記を私の二倍近く抱えた日向君が並んだ。顔が埋もれかけているが、大丈夫だろうか。

「日向君、大丈夫なのそれ」

「……別に」

 くぐもった声が聞こえる。うん、多分大丈夫の筈。

 鳴海先生があけ放したままのドアを潜り抜け、職員室に向かって廊下を歩きだす。やや視界が狭いけれど、日向君の方が多く持ってくれているわけだし、文句は言えない。
 足元に気を付けつつ、廊下を日向君と並び歩いていく。

「逆にすごいよねえ、ここまで重くするって。一冊何キロなんだろ、これ」

「……知るか」

 ほぼ独り言のつもりで呟いた言葉だったが、意外にも日向君から返事が貰えた。
 そのことに意外半分、ちょっとした嬉しさが半分と複雑な気持ちになりつつも、私は抱えた課題を抱えなおし、言葉を続ける。

「アサガオ観察日記なんて、そんなことやってたんだ。だけど、まあ、岬先生お手製だったら危険度が高いけど。そもそも押し花をするからこんな重さになったんだって言ってたよね。まあそりゃあ冊子自体は重くないか。でも逆にどうなってるんだろ押し花でしょ……?」

「知らねーよ。冊子に張ってあるんじゃねーの」


 冷たい返答だが、ちゃんと言葉を返してくれることに密かに感激する。どうした日向君よ、今日はよく喋ってくれるな。佐倉さんとかに対する暴言ばっかり聞いてたせいか、普通の返事が何とも可愛らしく思える。
 そんな日向君の可愛い一面を見れたことに対しては、鳴海先生に感謝してもいいかもしれない。
 

「私、クジの結果見たときすっごく絶望したんだよねえ。あからさまに面倒くさそうな係に当たったって。その通りだったね……初っ端からこれかあ。先が思いやられるよ」

「鳴海の野郎があんなわけのわかんねえクジなんかするからだ」

「ま、元凶は鳴海先生だよね。あーあ……」

「……お前」

 ひたすら廊下を歩く。だけどどうしても歩きにくくて、いつもの二倍近く時間が掛かってしまうけれど、転ばないことが重要だ。転んで課題をぶちまけるなんてこと、絶対にしたくないとも。そんな赤っ恥ゴメンである。
 そんなことを考えながら喋っていると、日向君が訝しげな顔で私を睨んでいた。
 小さくつぶやかれた言葉が私宛であるということに気付き、小さく首を傾げ見せる。

「何?」

「……変な奴」

「ええ!? いきなり何それ。変じゃないとはいいきれないけれど、そんな変と断定されるいわれは無いよ! 何でまた急に!」

 振り向きたいがそうしてしまえば山は崩れてしまう事は確かな為、前を向いたまま声を荒げた。
 日向君に変な奴と言われようとは。世も末である。納得いかん。

「……お前は、流架みたいな態度でもねぇ、アイツみたいにへらへら笑ってるわけでもねぇ、女みてぇに媚びることもねぇし、嫌悪の眼で見ることもねぇし、怖がることもしねぇ。……何なんだ、お前。お前は……わけ分かんねぇよ」

 やたら饒舌な日向君。けど本当に不思議なようで、こちらを睨みつけてくる真っ赤な目の奥には疑念の色が渦巻いていた。じろりとこちらを睨む。だが、答えを求める様に、もどかしそうな顔をして視線を彷徨わせた。

 だが私としては何だそんなことか、という軽い気持ちである。答えは少し考えれば分かる事だ。
 私はにっこりを笑い、日向君を横目で見て言った。

「うーん、しいて言うなら、可愛いものを見る目かな」

「は?」

 日向君が目を見開き、私を唖然と見る。
 固まってしまった日向君をよそに、私はひたすらに足を勧めた。

「それだけの話だよ。日向君は見てて面白いし、可愛いし」

「意味、わかんねぇ。何だよ可愛いって……!」

 どうやら可愛いという賛辞は褒め言葉として受け取ってもらえなかったようで、あからさまに不機嫌そうな顔で睨んでくる日向君から目を逸らす。だって本当のことなのだ、他に言い様が無い。

 不機嫌な顔の日向君の様子もまた面白く、もっとイジりたい気分に駆られるが――どうやら着いたようだ。
 目の前の職員室を前に、日向君を振り返る。
 数歩後ろを歩いていた日向君は妙に憔悴したような顔だったが、私は遠慮なく明るい声音で言った。

「日向君、あと何往復もあるから、まだまだ喋れるし、日向君の可愛さについて語ったげるよ」

「いらねえ、よ!」


 初めて聞いた日向君のツッコミだった。



 
  ラブコメはまだまだ終わらない。




 

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