美少女なう。

□美少女なう。
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 初めてソイツを見たときは、純粋に綺麗だと思った。

 アカデミーの初日、廊下を歩いていた俺は前の方でざわめきがあることに気付いた。ざわめきというか、感嘆というか歓喜というか。黄色い声と形容しても良いような声変わり前の特融の声の合唱だ。
 そのざわめきの中心はこちらへ向かってくるのか、人は廊下の端へと避ける。――まるで、その中心に道を譲る様にぽっかりと道があいた。自然のごとくバッとあいた道に、俺は僅かに出遅れる。
 その所為で、ざわめきの中心――いや、中心人物が見えてしまった。

 とんでもない美少女。と、美少年。おそらく双子なのだろう。似たような髪色や顔立ちからそれが伺える上に、色合いの服装には家紋が描かれていた。――が、並んで歩いてきていた。
 美少年の方はは何処となくスカしてそうな、だが男の俺から見ても整った顔の分類だった。ぶっすりと不機嫌そうな顔をして、周りの女子を睨んではいるものの、その度に黄色い声が上がっている。ポケットに手を突っ込み、鬱陶しそうな風体でずんずんとこちらへ向かってきていた。
 対する美少女の方は笑顔だった。歩く度に揺れる艶がかった黒髪がさらりと肩あたりまで流れ、白い肌がとても映えている。黒真珠のような透き通って大きくぱっちりとした瞳と桜の花びらを張り付けた様な唇が印象的だった。

 才色兼備、眉目秀麗。非の打ち所が無い、完璧な美少年と美少女。その上推測するに双子だろうということから、神は理不尽だと思わざるを得ない。 
 暫し、あいた道の真ん中で立ち尽くしてしまった俺は―――美少女と目があった。
 高鳴る心臓を堪えている俺とは裏腹に、美少女はきょとん、とした表情で瞬きを繰り返し、―――そしてにっこりと笑みを浮かべた。



  その瞬間、俺は一目惚れという言葉を身を以って知った。








―――というのは、あくまでその時だけに過ぎない。






 俺が夢みていたその優しい笑みの美少女は幻想にすぎず、そしてその瞬間でしかなかったのだ。

「あ、奈良氏髪触らせてよ。その髪どーなってんの? え? もしかしてあれ? ワックスとか付けてんの? え? いいよね? 触るよ? うっしゃあ触ったらあ! うっひょおおおおうわあ予想に反してさらっさらじゃねえか!! ギャップナイス!!」
「俺の純情と初恋を返せ……!」
「はあ?」
 
 怪訝な声が俺の後ろから響く。人目を憚らず、堂々と奇怪な声を上げ俺の髪を弄るこの女こそ、冒頭に述べた美少女なのである。
 こいつはもはや美少女ではない奇少女だ。だが、こいつの細い指先が俺の首筋を撫でる為に胸が高鳴るのはただの生理現象だと思いたい。

「おー! シカマルってば、アユちゃんに髪弄られてるってばー! いーなー!」

 しかしこういう時に登場するのは大抵面倒臭いナルトである。大声で喚くコイツは一斉にクラス中の視線を掻っ攫うわけで迷惑極まりない。勘弁してくれ。というか、何がいいんだ。
 俺の思惑など露知らず、アユはあっさりと俺の髪を離し、ナルトに向き直る。

「およ、うずまき氏じゃん。いーよん、うずまき氏の髪、前から触ってみたかったんだよね。カモン! 私の胸へ!! さあ歌おうぜっ! エンダァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 何を叫んでいるのかさっぱりだ。

 アユは警戒心が丸っきりといって良いほど、欠片もありはしないのだ。男にも平気で抱き着くわ、抱き着かせるわ、いい加減警戒心を持ってもらわないとみているこっちもハラハラものである。
 そしてナルトも螺子が数本抜けている為抵抗も下心も無い。純粋に友人として、なのだ。ナルトは間抜けな笑みを浮かべ、バッと地を蹴り、抱き着く、

―――ことはそう易々と出来はしない。

ゴッ

「うぐっ!」

 一応アユには保護者が居る。―――弟という名の。
 
「テメェウスラトンカチ!! 何やってやがる!!」
「いってぇぇえええ!!! 何するんだってばよサスケェ!!」
「アユもだ! いい加減警戒心持ちやがれ!!」

 サスケは、いつものスカした様子からかけ離れた様子でぎゃんぎゃんと喚き、アユの肩をひっつかんで自らの後ろに隠し、威嚇するようにナルトを睨みつける。
 過保護だ。
 あっという間にナルトVSサスケのタイマンになってしまい置いていかれた俺は、黙って髪を纏め始める。ああ、何故だか虚しい。

「奈良氏ー、やろっか?」
「いらねえよ」

 これ以上面倒なことに巻き込まれてたまるか。
 サスケの後ろからそそくさと離れ、俺の隣に居座りにやりと笑うアユの言葉をばっさりと切り捨てる。

 俺のついたため息は、ナルトとサスケの取っ組み合いの騒ぎに掻き消された。


 少年Sの苦悩




 
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