逃避行少女

□逃避行少女
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「うち、佐倉蜜柑いうねん! よろしゅうな!」




 そう言ってにこにこと笑うこの少女は、何を企んでいるのか。




「……」


「林檎ちゃん、林檎ちゃんってば」




 おーい、と私の目の前にひらひらと手を振る心読み君。


 だがしかし、私はそれどころではなかった。




(何故こうなったのだろう……)




 たしかに、ドッジボール大会ではほんのちょっとだけ――、本当に少しだけ目立ってしまったかもしれない。


 だが、まさか彼女に話しかけられるとは。




 思っても無かったし。



 望んでもなかった。






「んー? え、えーと、名前教えてくれへん……かな」



「えー……っと」



 駄目だ。脳内が混乱している。



 落ち着け、私。


 
 取り敢えず、何故こうなったのか。




 その元凶は。




(ひ、日向!)




 そうだ。それだ。




 あいつの所為で――私は平凡ライフを崩しかけているのだ。



――まぁ、あくまで。



 崩しかけている。かけているのであって、完全には――なっていない、筈だ。






「え……っと」


「林檎ちゃんってばー。どうしたの? かなりぼーっとしてるけど」




 はっ、と覚醒すると、目の前に不安げな佐倉さんと、心読み君が首を傾げていた。



 うわー。まさかの王手。




「えーっと、私は、時宮林檎だよ。よろしくね、佐倉さん」



「林檎ちゃんかー! よろしゅうな! うちも蜜柑って呼んでーや!」



 いえ、結構です。お近づきになりたくありません。





 とか言うと注目が集まる上に印象が悪くなりすぎるので(心読み君に嫌われるのは勘弁。私の癒しだし)のは間違いないので、適当に言葉を濁しつつ遠回しに断る。


 伝わったのかどうかというのは些か怪しいが。



「林檎ちゃんは何のアリスなん? うちのボール受け止めてたやん!」


「えーっとね……。身体能力のアリス……だよ。ちょっとだけ身体能力が秀でてるってだけの」



 平凡な、アリス。




 何が面白いのか、へー、すごいなぁ! と笑う佐倉さんに適当に相槌を打つ。

 

 本当は名乗りたくなかった。



 あくまで「何かボールを受け止めてたそこそこすごい子」っていうレベルの認識が良かった。



 登場人物、として参加したくなかったのに。





「林檎ちゃん?」



「ん、なーに?」




 つくづく私は運が悪い。




(それはどうやら間違いないらしい)



 (宝くじだとか、じゃんけんだとか。何に対しても、私の望むことは何も叶わない)
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