Wデート

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「どんな人なのか、楽しみです。早く来ないですかね〜」
ヒナは一生懸命背伸びをして、後の二人が来るであろう道を眺めていた。
エリックもその方向に目を向けるが、目につくカップルは仲良さげに腕を組んだり手を繋いだりしている。
何処かで騒がしい駆け足が聞こえ初めていたが、エリックの心はそれどころではなかった。
エリックは悪だくみを考えるように、目をそわそわと左右に動かし始めた。



――ヒナも……あのように手を繋いで欲しいのだろうか……。
エスコートを担うために手を繋いだことはあっても、人が多く、パリではない見知らぬ土地で手を繋いだことは一度もなかった。



カップルで手を繋いでいないのはお前達だけじゃないのか!
憧れの、日の下でのデートだぞ!? 
男性からエスコートしないでどうする!
エリックは覚悟を決めた。何度もわなわなさせていた左手を奮い立たせる。



――今だ! 繋げ、繋ぐんだエリック!! 
ヒナの右手を掴もうと手を伸ばした瞬間――。



「ムッシュウ・コバエリ!」
エリックはその声にビクッと反応して、伸ばしかけていた勇気の芽を急いで引っ込めた。
「すまない、待たせただろうか?」
「全然! むしろもっと遅くても大丈夫でしたよ!」
エリックは手をわたわたと振って、もう一人のエリック――甘エリに言った。


「10分前には着こうと思ってたのだが、少々出掛けに手間取った」
彼はそう言って、素直に詫びた。
「ほぉ、甘エリさんもそのようなことがあるのですね」
来るまでの間に、何か手間取るようなことがあったのだろうか、とエリックは思わず甘エリを眺めた。
白いTシャツに黒いベストを羽織っているワイルドないでたちが、細マッチョな甘エリの体格に非常に合っており、顔半分隠れる白い仮面はやはり同じように特殊メイクを施していた。
オールバックの鬘を外した彼の地毛は初めて見る。
緩やかなウェーブがかかっていて、中々の甘いルックスに見えるが、服同様に何処か野性的な雰囲気が漂っていた。


「まぁ時にはね……」
甘エリはどこか困ったような笑みをした。


エリックがこの内臓王子こと甘エリから相談されたのは、つい先日のこと。
自分の連れが、エリックルームにでているエリック達のパートナーと会ってみたいという話を聞かされた。
知り合った時期がずれたため、時空を超え――パートナー同士が酒を飲んで語り合った「パジャマ会」に参加するきっかけが得られなかったのだ。
甘エリから「アンが、彼女たちの交流を羨ましがっていてな」と聞いて、エリックは複雑な気分になった。
別の世界にいるエリックとは言え、元を辿れば「オペラ座の怪人」という一つの存在に違いない。そんな話を共有して何か楽しいことがあるのだろうかと。


「違いますよ。『オペラ座の怪人』という情報を共有するよりも、『それぞれの世界にいるエリックを幸せにしている』ということを共有するのが嬉しいんですよ。
 私もそうでしたから、皆さんもそうじゃないでしょうか」
帰宅してすぐキッチンにいたヒナにこの事を話すと、くすっと笑いながら明るい返事を返してきた。
「なるほど、そういう考えもあるのか」
「それに同じような境遇の人も多いですから、似たような相談とかあると思いますし」
「相談? まさかヒナも悩みがあるのか?」
エリックが面食らうと、ヒナはアスパラガスを剥いていた手を止めて、かぶりを振った。


「わ、私はないですよ? 十分幸せに暮らしていますから」
「その言葉は本当か?」
「本当です、本当ですから!」
「嗚呼、良かった!」
エリックは慌てふためくヒナを抱きしめて、ホッと息をなで下ろした。
勿論、その直後に自分の体から勢いよくヒナを剥がし、彼女の許可も取らずいきなり抱きしめるだなんて、何とふしだらな行為をしたのだ、と顔を赤くしたのは言うまでもない。


その後、ヒナの提案で、「4人で何処かに遊びに行きましょう」という話がとんとんと進んで、甘エリのパートナーから「遊園地に行きたい!」という展開になったのだ。
エリックは遊園地をよく知らなかったが、ヒナが楽しい所だと言うのだから間違いはないのだろう。


エリックは甘エリから自然と視線を横に向け、遊園地をご所望した女をまじまじと見つめた。
――この人が甘エリさんの彼女か。思っていた以上に若いな……。


「――さて、貴方が甘エリさんのパートナーですね?」
唐突に声をかけられた甘エリの恋人は、オニキスのように光り輝く瞳をぱちくりさせて頷いた。
太陽の光でより黒さが際立っているツインテールの長い髪が、さらりと動く。


「初めまして、エリック=ラヴァンヌです。エリックルームで司会を務めており、皆さんからコバエリと呼ばれています。
 私の左にいる人は、宝生ヒナ。私の大切なパートナーです」
ヒナは穏やかに笑い、遅れてきた二人に向かって軽くお辞儀をした。
「初めまして! 宝生ヒナと申します」
「初めまして、宝生さん。エリック=カルサティ、エリックルームでは甘エリと呼ばれてます。
 こちらは私のパートナーのアンジュです」
エリックは彼女の名前に面食らった。
「初めまして、清水杏樹です。アンジュでもアンでも好きに呼んでね♪」


――好きに呼んでも何も、アンジュとはフランス語で「天使」なのだが……。流石に天使さんと呼ぶのは気恥ずかしいだろう。
いつの間にか「清水天使」という名前になっていることなど知らない彼女はにこにこしている。
自分のパートナーの名前が天使でなくて良かったと、エリックは心の底からありがたいことだと思った。


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