Wデート

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人の声があちらこちらから聞こえる。それは大人であったり子供であったりするが、どの声も、とても楽しい雰囲気が満ち溢れていた。
エリックはワクワクしながら遊園地に入ろうとしている人々を、静かに目で追った。
いつも顔面を覆っている白の仮面は食事用に切り替えており、それに特殊メイクをほどこしている。
間近でしげしげと眺めても、誰も仮面をつけているとは思えないような完璧な作り。
それでも自分に嫌な視線を向けるものはいないかと注意深く目を向けるが、今の所一人も見破った者はいない。
さらに言えば、いつも愛用しているフロック・コートではなく21世紀の服を着ているので、やたらスリムで背の高い外人だと思われることはあっても、
誰もこのエリックが19世紀からやってきた本物の『オペラ座の怪人』とは気づく道理もなかった。


視線を落としたエリックは、自分の着ている服装をひとつひとつ確認していった。
クリーム色の麻のシャツに紺色のフードフルボタンパーカー。このニット素材のパーカーは、ボタンのかけ方によってフードの形を変えられる洒落た一品だった。
細く伸びた脚を飾っているのは黒のチノパン、靴は黒の革靴といういでたち。エリックの右腕は生まれて初めて腕時計というものを体験していた。


懐中時計は美しい芸術だから今日も身につけようと思っていたのだが、
「遊園地では懐中時計が飛ぶ危険性があるから止めた方がいいですよ」と恋人から言われて、エリックは不思議に思いながらも素直に従った。


ムーブメント一つとっても、装飾品としての価値まで付加されるほどの細工の細かさ。
針を合わせる、蓋を開ける、ステムを巻く、この時計に必要な全ての動作を一つの部品の動作だけで行う。
ステムなので電池も必要なく、壊れなければ半永久的に使い続けることができ、合理性と装飾性を追求した素晴らしい道具。



――それが懐中時計。



何故、懐中時計が飛ぶのだろうか、と未だ謎に思いながら、
「ヒナ。どうだろう、服装は変ではないかな? ちゃんと着こなせているだろうか?」
エリックは恋人に訊ねた。


「大丈夫ですよ、すっごくお似合いですから」
エリックの腰丈ほどにいる長い髪の毛を編みこんだ少女は、ちらりと一瞥して言うと視線を床に下げた。少しはにかんでいるようにも見える。
ヒナと呼ばれた少女は、とても成人しているとは思えない容姿で、成長期がほとんどなかった彼女は、ぱっと見る限り小学生に見える。
身長が高いエリックの横にいると、一層幼く小さく見えた。
この二人を見る人々はカップルというより保護者同伴なのだろう、と誰もが思うに違いない。


「そ、そうかな。ヒナの方がとても似合っている。可愛いよ」
エリックがストレートに褒めると、ヒナは頬を染めて顔をそらし、柔らかな花柄を全体にあしらったピンクのシフォンワンピースの裾をもじもじといじり始めた。


胸元のフワフワとしたフリルと、透けそうで透けない素材に包まれている華奢な腕。
女性らしさを引き立たせているのは、茶色の二―ハイソックスと、白のパンプス。この靴は4センチほどの高さがあるので、若干身長が高くみえる。
ほんのりとナチュラルメイクをしているだけだが、それがいっそう彼女の魅力を引き立てている。
自分のために美しくなった嬉しさが、エリックの瞳に現れていた。


ふと、エリックはヒナの耳元に目を向けた。
イヤリングをつけていないのは、イヤリング自体軽い上に、落っことす可能性が高いかららしい。
しかし、落下する可能性が殆どないネックレスが胸元にないのがエリックは気になって仕方がなかった。
出かける前に指摘した所、本人が無くて構わないと言うので、無理につけろとは言わなかった。



気兼ねしない性格なのだと、一緒に暮らしていて常々思っているから――。


気になるといえば、今日のヒナは顔を上げて自分を見ようとしない。
これは身長差が激しいからだろうと思ったが、妙に余所余所しい。
変ではないかと訊ねたのは、これが理由であったが、どうやら違うらしい。エリックには余所余所しいその理由がわからなかった。


「もうそろそろ来ますかね?」
「ああ、そうだね。間もなくだと思うよ」
「エリックルームで会ったその方は、どのような雰囲気なのですか?」
「そうだね……」
ヒナに訊かれて、エリックルームの司会者を担っているコバエリことエリックは、目線を上に上げてふと考えた。――今日、久しぶりに会う、もう一人のエリックを。


並列世界。エリックの暮らしている現実とは似て非なる、別の世界に住まう「オペラ座の怪人」を一堂に集めた<エリックルーム>。
エリックルームに来るメンバーは、同じオペラ座の怪人であるはずなのに性格は様々。
真面目なタイプもいれば、高校生のようにやんちゃなタイプもいる。ドSで常に言葉がキツかったり、エロ一本で生きていたり……。


――アレを、言うべきなのだろうか……?
一瞬我が目を疑うほど甘党で、自分の好きな内臓のランキングで2時間喋り続け、
W金髪コンビと言われている金エリが何処からか出したプラスティネーション(全13体)を1億円で買い取った経緯を――。


「オンとオフをキッチリと使い分けていて、中々洒落た人だよ。パートナーの方は今回初めて会うから、どのような人なのかわからないがね」
内臓王子の異名を持ち、内臓トーク以外のテンションの差が激しいとはとても言えず、エリックはオブラートに包みこんで言った。
そもそも、内臓の話やマンドラゴラに養分を吸い取られて悲惨な縮れた毛になった事を、ヒナに話してどうする。


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