Wデート

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「…………何だこれは…………」
ありえないほど細い骨組みの上を、これまたありえない速度で乗客を乗せた列車が吹っ飛んでいくのを見たエリックは、ぼそりと呟いた。


ジェットコースターをパッとみたエリックは、チェーンリフトによってレールの最高到達点まで車両を巻き上げ、
ここから下りの傾斜を走らせることで位置エネルギーを運動エネルギーに転換して速度をつけるものだと即座にわかった。
そうしてスピードが下がりそうになったら、再び傾斜を駆け上がらせて運動エネルギーを位置エネルギーへと転換すればいい。


――だがこれは何だ!?
何をどうやったら、こんなスピードになるのだ……。気でも狂ったのかと思わせる圧倒的な速度に、顔がみるみる引きつる。
19世紀ではまず体験できないスピード。170キロは優に出ているだろう。
住んでいる世界が違うとはいえ、同じ19世紀に住んでいる甘エリも同じことを思ったらしく、同じように顔が引きつっていた。


「……これに、乗るのか?」
「すっごく面白いよっ! あたし絶叫系大好きなんだよねっ。あ〜たのしみっ♪」
甘エリの質問に彼の恋人は楽しそうに言う。そのセリフにエリックは度胆を抜かれた。
――絶叫系!? 
楽しみなのか、これが……この乗り物が!? 何がどう楽しいのかさっぱりわからないのだが! 


「これは絶叫系という乗り物なのか?」
甘エリが冷静に訊ねた。
「遊園地の中で乗り物をいくつかの種類にわけてるのね?
 スピードやスリルで悲鳴をあげさせるような乗り物が絶叫系と言われてて〜、これはジェットコースターってものになるわけです」
「……なるほど」
エリックは憮然と答え、アンが楽しそうに続けた。
「他には体感系とかほのぼの系とかかな〜」
「ほのぼの系だと、王道なのはメリーゴーランドと観覧車ですよね!」
「カンランシャとは?」
にこにこと笑っている恋人に訊ねると、ヒナは空に指差す。
「ほら、あの丘の上にある、大きな車輪みたいなの見えますよね? アレですよ」
大きな車輪状のフレームの周囲にゴンドラを取り付け、低速で回転させている。地上からの距離を考えると、このジェットコースターといい勝負だろう。


「……あれが、ほのぼのなのか? 全然そんな系統に見えないんだがね」
首を傾げていると、アンが横から言葉を付け加えた。
「動きはスローですから、高さがあるだけで。絶景をゆっくり楽しめますよ?」
「確かに……オペラ座の屋上よりも遥かに高いし、見晴しはよさそうだがな……」
甘エリの顔はどこまでも硬い。
エリックも同様に硬かったが、
「個別に乗るから、ちょっとしたプライベート空間を演出してくれますよ」
ヒナの次の言葉で和らいでしまった。


「個別……プライベート……いいな」
二人きりで乗れるのだと思うと、目の前にある観覧車はこの世の物の中で一番甘い乗り物に見える。
キャンディよりも甘い雰囲気を演出したいな、とエリック思った刹那――
「きゃあああああああ!」
先程のジェットコースターの列車が、また目の前を横切っていった。甘美な考えはかき消され、代わりに悲鳴だけがそこに残される。
エリックは息を吐いた。




――甘い想像ぐらいさせてくれ……。



ヒナがアンと一緒に歩いているのを見計らって、エリックは小声で囁いた。
「甘さん、何だか想像していたのと全然違う気がするんです……」
「こっちも想定外だね。毎度アンのやることは予想の斜め上を行くんだが……。まさか、こんな場所だとは……思わなかったよ」
その言葉に嘘偽りはないだろう。エリックは頷いた。


「何故、悲鳴を上げてまで乗りたがるんでしょうね……」
「私に聞かないでくれ、理解したくもない」
「私達の顔を見たがった彼らも、このような心境だったのかな……」
エリックは深いため息をついた。


生まれ育った家を出た後に待っていたのは、奴隷としての生活。
狭い檻に入れられ、毎日のように鞭で背中を打たれ、嫌がる自分の顔を見物客に見せることを強要され続けた日々――。


「そうかもしれんな。この時代では娯楽で恐怖を楽しむのがごく普通だから……。あの子達は、私たちの顔が平気だったのだろうか……?」
甘エリの声はすでに疲れ果てている。


「どれいっとく? 開園直後のうちにコースタ系はまわっちゃいたいよねー」
「そうですねー、やっぱり人が並ぶ前に乗るのがベストですね」
「軽く二つくらい乗って、目玉はコレでしょコレ!」
「やっぱりソレは必須ですよね〜♪」
複雑に考えている男達をほっといて、女二人はアレコレと言いながら、和気藹々とパンフレットを広げていた。


青い空を見上げて、エリックはまたため息をついた。
怖いのを楽しむのが普通……か。
だから麻痺していて、自分の醜い顔を見ても平気なのか?
そう思うと、臓腑を抉られたように苦しい。


*
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