Wデート

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――怖いを楽しむというレベルじゃないだろう、これは!! 



懐中時計が吹っ飛ぶ危険性が十分にわかったエリックは、
あちらこちらから耳に直撃してくる悲鳴と、物凄い重力質量をその身で体感してからというもの――顔が引きつって元に戻らなかった。
立て続けに二つの有名な乗り物(しかもギネスに登録されている)に乗って時間が経っているにもかかわらず、今尚、地に足がついていない感じがする。


もうあれ以上の怖いものはないだろうと思っていたのに、笑顔で振り返るヒナの言葉がそれを打ち壊した。
「ウォーミングアップもできましたし――」
「ウォ!?!?」


――あれは、まだ序の口なのか!? 
エリックは絶句した。
「そろそろ、ここに来たら絶対に乗るべきアトラクション行きましょう!」
「「6Gを体感出来る、スプラッシュ・ドーナッツ♪」」
ヒナとアンは声を揃えて嬉しそうに言った。








エリックの受難はまだ始まってはいなかった。










首をそらして見上げるだけでも一苦労なほど高いそれを見た瞬間、エリックは開いた口が塞がらなかった。
瞬間的に、スペースシャトル打ち上げ時の3Gを遥かに超える――世界初の6Gを体感できる最新のアトラクション。
乗客を乗せ、ドーナッツ状に作られている乗り物は5連並んだかと思った瞬間、枝分かれしているレールの上を光の速さのごとく吹っ飛んで行った。
「………………は………?」
瞬きをするのも忘れ、エリックは唖然と眺めていた。
4つ目のドーナッツが空高く打ち上がったのを見終わって、これに乗るのだと、ようやく身の毛がよだった。


長い行列ができていれば心の準備が出来るものではあるが、平日――しかも開園して間もないので――戦々恐々とした気持ちを抑える程、混んではいなかった。
あるいは、犠牲になる人をまず見物してから乗ろうかと思ったのかもしれない。それぐらい、彼らの番が来るのが早かった。


どこからともなく流れてくるマーチは楽しい曲であったが、今の状況に全く合っていない、とエリックは思う。
隣にいる甘エリを横目で見ると、彼は絶句していた。
世界初をこの身で味わうのは、本来であれば優越感に浸れるのだろうが、その味わうものは目にも止まらぬ速さ。
何かの刑罰にしか思えない。


4人が乗り込んだドーナッツは、不気味なほど静かに宙に浮いた。
「楽しみですね!」
「……ん。…………あ……そうだね……」
じわじわ迫り来る不安で、エリックの声は裏返ってしまっている。
フッと体が軽くなったと思った刹那――
「うっ……ふひゃああああああああ!?」
息もつまるほどのGの圧力とスピード感が、エリックを襲った。
青々とした空を見た瞬間、目玉が飛び出そうになっていたエリックの耳に縁起でもない曲が響いて、一瞬気を失いかけた。




「終わったか……」
「6Gって凄い体験でしたね!」
極刑が終わり、ふらつく足取りで出口に向かっていると、ヒナがはしゃいで言った。
「あ、嗚呼……そうだね……。かつて体験したことのない感覚だった……」
「空が手に届くくらい近くに見えましたね」
「そうだね。神の御前に近づいたような錯覚に陥ったよ……。まさか、自分用の葬送曲が脳内で流れるとは思わなかった……」


何故、あのスピードを体感して平然としていられるんだろう、と呆気に取られていると、その横にいたアンが大爆笑し始めた。
「あっはっはっは、怖かった、怖かった、あ〜も〜足がっくがくしてるわっ。もう怖すぎて笑うしかないよねっ!! もっかい乗りたいわっ」
冗談ではない。どうしても乗るのであれば、パートナーの甘エリと二人で乗ってくれ。
エリックは憮然たる表情をみせた。


可愛がっていたサシャが尻尾を振って自分が来たことを喜んでいたのは、幻だろうか。
ごめん……サシャ。まだ僕は死ねないんだ。



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