Wデート

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「ふむ……ここでチケットを購入か、フリーパスでいいかな」
チケット売り場の表を見上げながら甘エリが言った。


「そうだねー。じゃあたしが全員分まとめてチケット購入するね?」
「そうですね。その方が手早くていいですね」
ヒナがアンの提案をさらりと呑んだ事に、エリックは驚きを隠せない。
「そうなのか。何もかも初体験とは言え、女性に買わせて申し訳ない……」
エリックは黒い財布から日本通貨に両替済みの福沢諭吉を出して、アンに渡しながら言った。


チケットを買う人をちらちらと眺めていて、てっきりカップルごとに買うのだと思っていた。
それを今日初めて会った人にこちらの人数分まで買わせるのは、紳士としてやってはいけない行為のように思えた。
だが、アンがそういうのは気にするなというので、この件は考えないことにする。


「私、遊園地すっごく久しぶりなんです」
甘エリとアンがフリーパスを人数分買うのを待っている時に、ヒナが楽しそうに言った。
「そうなのかい?」
「昔、家族で来た時は身長制限があったので、乗りたかったアトラクションに乗れなかったんです」
「身長の制限?」
遊園地の仕組みがよくわからない。エリックはオウム返しに聞き返すと、ヒナは寂しげに頷いた。


「遊園地って、あんまり身長が低いと駄目な乗り物もあるんです。だから、姉が楽しそうに乗っているのを羨ましがっていたんです……」
「そうだったのか。小さい頃から色々辛かったのだね」
「当時は小学1年生でしたから。でも、今回は私でも乗れるアトラクションがいっぱいあるみたいだから、楽しみなんですよ!」
ヒナは首を横に振った。その瞳の色は全く辛さを感じさせず、心の底から遊園地を楽しめる嬉しさが満ちていた。その姿は本当にいとけない。
エリックは目を細めながら、ちなみに、と言った。
「どんなアトラクションだったんだ?」
ヒナは少し考えて答えた。
「えっとですね、バイキングっていう乗り物ですね」


「バイキング? ここにもあるのかい?」
「この遊園地には無かったと思うんですけど、なかなかスリリングのあるアトラクションでしたね。船が少しずつ動いて、最後にはほぼ直滑降で落ちてくるんです!」
二拍子の拍を取るように指を振る姿に、エリックは目を丸くするしかない。
今でさえ小さい体なのに、体重が軽い頃にそんなものに乗ったら、船からポーンと飛ばされるに決まっている。
「そ、そんなものに乗りたかったのかね、君は……」
「はい!」



――もしや、それに近いものに乗せられるのだろうか。
エリックの脳裏に不安が過ったが、ここにはそのバイキングがないのだから大丈夫だろう。そう思いたい。



内心ビクついていると、アンと甘エリがフリーパスを購入して戻ってきた。
手首につけるアームパスは19世紀にはないシリコン製で、ふにゃふにゃしている。
鉄のように硬いものだと思い込んでいたエリックは、こんなもので大丈夫なのだろうか、と要らぬ心配をしてしまった。


「これをどちらの腕につければいいのかな?」
「どちらでも大丈夫ですよ。左程、邪魔になるようなものではありませんから」
そういうヒナは利き手でない方につけている。よくよく見ると、甘エリのパートナーも左につけていた。利き手じゃない方につけた方がいいのだろう。
「じゃあ、右につけようかな」
「つけてさしあげますね」
エリックはヒナが自分の右腕にアームパスをつけているのを、嬉しそうに目を細めながら眺めていた。


入口でそれぞれフリーパスを見せて中に入ると、人は意外とまばらだった。
開園してすぐということもあるのだろうが、先程まで入口付近で見かけていた人達は、それぞれ思い思いのアトラクションに散らばったようだ。
「アンさん、とても遊園地に来たかったようですね。あんなにはしゃいじゃって」
早くおいでと、甘エリに向かって叫んでいるアンを見たヒナは、穏やかに笑って言った。
甘エリはアンの所に辿り着くなり、手を繋ぐタイミングを失ったエリックの目の前で、見せつけるかのように手を絡ませた。
それは惚れ惚れするぐらいごく自然なので、エリックはとても羨ましく――そして悔しいと思う。


簡単なようで実に難しい――その動き。
あんな風に自分にもできたら、どんなに幸せだろうか……。
まだ始まったばかりではないか! しっかりしろ、エリック!!
熱々な二人に影響されて、エリックはもう一度勇気を奮い立たせた刹那――急に後ろに引っ張られる。
反射的に素早く振り返ったエリックの目に映ったものは、ニットパーカーの裾の部分を掴んでいるヒナの姿だった。


「どうしたんだ?」
エリックはパンジャブの紐を掴んだことを悟られないよう、懐に仕舞いながら言った。
「えっと……迷子にならないように、後ろを掴んでいれば安心かなって」
ヒナははにかみながら答えた。
「……そうだね。これだけ広いから、探すとなると骨が折れるだろう」
「ですから、しばらくこのようにさせてくださいね?」
「……嗚呼」
先に手を打たれてしまったエリックは、繋ぐタイミングを完璧に失ってしまった。
「……いいともさ……」
背中を引っ張るヒナの歩調に気をつけながら、エリックは甘エリ達の後をとぼとぼと追った。



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