Wデート

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「アンは、あの子はそもそも最初から、喜ぶと抱きついてくる子でね」
「……それは凄いですね」
エリックは顔が引きつった。甘エリは何処か遠い目をして、ヒナ達が乗るだろう機械を見ている。




――もし、ヒナがアンさんのようだったらどうなのだろう。笑顔で事あるごとに抱きついてくるのだろうか。




「きゃ〜、この紅茶美味しいです〜! 大好き、エリックさ〜〜ん!」
花のような笑顔でそう言って、自分の体に抱きつく……。
エリックは倒れかける危険領域に入りそうになったので、想像するのをすぐさま止めた。
「最初はまさかそんな事は想定外だったから、危なく倒れかけたよ。その後、淑女教育にどれほど心を砕いたか……」
案の定、甘エリもそうだったようである。


「でしょうね……お察しします」
エリックは肩をすくめ、彼が見ている方向を見ると、列に並んでいるヒナ達が楽しそうに前に進むのが確認できた。
「基本的になんでも突発的だからな、あの子は。いつも想定外ばかりだ」
「元気いっぱいの女性のようで」
エリックは甘エリの苦労を想像して苦笑いをした。淑女教育はおそらく、合格ラインまで行っていないのだろう。


甘エリの視線がふと、エリックの方に向いた。
「そちらは? まぁ、うちのアンほどに急に甘えてくるタイプじゃなさそうだが……」
「確かに。いきなり甘えてきませんね、彼女は」
エリックは素直に頷いた。


「ヒナのおばあ様が、大和撫子の見本のような方だったみたいで、彼女はその影響を受けているようです」
「ヒナさんは最初から奥ゆかしい淑女だったのか」
「ですから 淑女教育などしたことは一度も無かったですよ。
 地下に籠りっきりの自分が、女性に教育なんて……想像しただけで顔から火がでます。無くてホッとしていますよ」
そう言うと、甘エリは何か考えながらぼそりと呟いた。


「何か仰いました?」
「あーいや。そういやアンがヒナさんを凄く羨ましがっていたな」
彼は軽く手を振って答えた。
「アンさんがヒナを?」
「ヒナさんはとても料理上手で家庭的らしいと聞いている」
エリックはにんまりとして言った。


「それはもう。毎日の食事が何よりの楽しみになっていますよ! 
 彼女の料理は、フランス貴族専属のシェフに負けず劣らず……いや、世界中の料理を知っているから、それ以上の腕だと思いますね」
「それはまぁ、……マドモアゼル・ヒナの愛情の味がするんだろうね」
「そうですか、何だか照れますね……」
エリックは面映ゆいと思いながら、頬を染めた。
ここが音楽の王国で誰もいなかったら、エリックはるんるんとスキップしていただろう。



愛情! そうか、最高の味に思えるのはヒナの愛が詰まっているからなのか!
嗚呼、365日――毎日ヒナの愛に包まれているなんて、なんて私は幸せ者なのだろうか。
にこにこしていると、突然、甘エリから痛い所を突かれた。


「……時に……二人はペアでそろえる等には興味がないのか? 見たところ特に御揃いなものはつけていないようだが……そういうのは嫌いなのかい?」
エリックは笑顔を改める。
「……彼女は装飾系が嫌いみたいでしてね」
「みたい? 聞いていないのか?」
「何度も装飾品を贈りたいといい、彼女が気に入るようなデザインを色々考えたものの、全てやんわりと断られましたから、
 聞かずともわかるじゃないですか。嗚呼、500万なんて安いものなのに――」
豪華な宝石を見ても欲しいなどと口にしない。ならば贈ろうと言うと、嬉しがるどころか、むしろ畏縮されてしてしまう始末。
ヒナが装飾品をつけないのは、これが理由であった。


「ふむ……。うちのアンはアレで意外とお金のかかりそうなことにやたら気を遣う。
 自分から装飾品をねだるなど一切できないんだが――ヒナさんも日本人ならそうなんじゃないのか?」
それは一理ある。しかし、愛している人に何もプレゼントできない自分は、紳士として情けないではないか。
「確かに。気取らない性格ではありますが、もう少し言ってほしいのに……」
エリックは息をついた。


「言いにくいだけで、本当は欲しいんじゃないかと思うのだがね」
「ヒナがアクセサリーを?」
そんなはずはないと、エリックは甘エリの顔を覗き込むと、
「アンとのおそろいを見て、少々羨ましそうな表情を浮かべたように見えたが?」
自分の胸元のペンダントを軽く指ではじいた。


おそろいと言う言葉を聞いたエリックの体は、無意識に椅子から動いていた。
「……甘エリさん、ちょっと席を外してもいいですか? すぐに戻りますから」
「どうぞ。私はここでゆっくりしてるよ」
エリックは甘エリを一人置いて、目についた売店に向かって走り出した。



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