Wデート

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男のプライドをこれでもかと奮い立たせて立っていた『オペラ座の怪人』二名は、絶叫系のアトラクションに内心辟易していた。
「アンさん。次、これなんかどうです?“水しぶきが舞い上がる! 高さ30mからの大迫力ダイビング”のグレートザブーン!」
「おお、涼しそうっ!! 丁度暑いし行きますかっ!」
エリックが口を開きかけたその時、
「済まないが濡れる物はパスさせてもらっていいかな」
甘エリが色を乗せている仮面を指して、自分の思ったことを告げた。


特殊メイクは自身の汗には耐えられるが、完璧な防水仕様ではない。水しぶきがこれでもかとかかれば、仮面をつけていることを知られる危険性があった。
ヒナとアンは楽しさのあまり、そのことを失念していたのだ。



「……あ、ごめん……。えっとじゃ、違うのはえーと」
「おじさんは年だから疲れました、休憩を所望する。その間にヒナさんと二人で行っておいで」
パートナーの頬をむにっと摘まんで、甘エリが柔らかい声で言った。
「嘘ばっかり。あたしよりずっと体力あるくせにー」
「嘘でもないさ」
甘エリがアンの耳元で何かをぼそぼそと喋くると、
「もぉっ、エリックのバカッ!」
彼女の顔がみるみるうちに真っ赤になったではないか。エリックは呆れと怒りを秘めながら、二人を眺めた。





貴方達二人は、ここに来る前に一体何をしてきたのかね!!





きっと破廉恥な事に違いないと憤慨していると、
「あの……エリックさんはどうします?」
エリックの背中をヒナがくいくいと引っ張った。失念していたことを、心の底から申し訳ないという顔をして、チラチラこちらを見ている。


「私も甘エリさんと一緒に休憩していていいかな?」
「では、私も――」
「私の事は気にしなくてもいい。ヒナはアンさんと一緒に行っておいで。ここから君の楽しそうな笑顔を見ているから」
エリックは安心させるように優しい声で告げた。
「ここから人の顔見えるんですか? 私には速すぎて見えないんですけど」
豆粒ほどの人の顔が見えたと思った刹那――次の瞬間には水しぶきが大量にふりかかっている。
どれだけ動体視力がいいのだと、ヒナはぽかんと口をあけて驚愕した。


「そいじゃ、ヒナさん行こう! エリック、コバさんこのあたりで待っててねー」
「じゃ、行ってきます! すぐに戻りますね」
「慌てなくていい。楽しんで来なさい」
ヒナとアンが楽しげにグレートザブーンの列に並んだのを見るやいなや、甘エリがため息をついた。
「……行きましたね」
エリックがそう言うと、甘エリが日陰のある場所を指差した。
「あそこのパラソル付きテーブルの席にでも座って、立直そう。あの二人に任せておくと延々とこの系統に乗せられそうだ」
「そうですね。取りあえず、園内地図で絶叫系以外を選びましょう」


「……たしか遊園地に行く事を打ち合わせた時に、迷宮がどうのとアンが言ってたな」
甘エリが持って来ていたバスケットを空いている椅子に置いたのを見るなり、エリックは座り心地の悪い椅子に軽く足を組んで座った。
「迷路……」
エリックは入口付近で貰ったパンフレットをテーブルの上に広げて該当する文章が無いか探すと、思いのほか早く見つかった。
どうやらそれは、人気のアトラクションらしい。


「嗚呼、これじゃないですか? 『究極を極める「恐怖」の演出 史上最長&最恐のホラーハウス』……って、これは絶叫系と何が違うんですかね?」
「迷路というからには自分たちで歩くことにはなるんだろう? それに少なくとも日に当たらなければ、多少は涼しいんじゃないだろうか?」
「では次は戦慄迷宮にしましょう」
甘エリは小さく頷いた。


「しかし、不思議な気分だな。ヒナさんが『エリックさん』と言うたびに、一瞬反応しかけてしまう。ムッシュウ・コバエリの事を言ってると解っているんだがな」
「彼女の口調は実に穏やかですからね。砂漠の中のオアシスみたいな感じがしませんか?」
甘エリは口元に笑みを浮かべて言った。
「なるほど、ムッシュウ・コバエリにとって彼女はそういう感じか」
エリックは、オアシスだなんて小さすぎると口角を上げた。


「フッ、私の中で彼女は砂漠のオアシスよりも、もっと高貴です。
オリンポスの神ペルセポーネが私にカタルシスをもたらしてくれていると思っていますよ。――しかし、甘さんは随分と彼女にベタ惚れなんですね」
「まぁそうだね……私はアンに甘えることを教わったからな」
エリックは口元に手を当てて笑っていた態度を改めた。
「甘え……ですか」


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