Wデート

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装飾品をつけて欲しいと散々ぼやきながらも、いつもヒナだけが着飾ってくれればいいと言っていた。
些細なものでもいいからペアの物をつけたい。ヒナは遠慮して言えなかったなんて知りもしなかった。
醜い自分と何かをお揃いにするなんて考えてもみなかった。


常に一緒にいる自分より今日初めて会った甘エリさんの方が、ヒナの心情をわかっているなんて恋人として大馬鹿野郎じゃないか、とエリックは自分自身に毒突いた。 



嗚呼……ヒナ。本当に至らない自分を許しておくれ!! 
嫌いにならないでおくれ!!
僕を捨てないで!!



男として不甲斐ないと思い込んでいるエリックは売店についたものの、入口に突っ立ったままでいた。


――来てしまったものの、こんな所に装飾品などあるのだろうか?
エリックは赤い暖簾の前でオロオロしていたが、えいと勇気を出して入った刹那、
「いらっしゃいませ!」
「――ひっ!?」
若い店員に普通に挨拶され、エリックは飛び上がりそうになった。
仮面を特殊メイクで誤魔化しているとは言え、見ず知らずの人に笑顔で挨拶をされたことが生まれてこのかた一度も無かったエリックは、何をどう返していいのかわからなくなる。


店内で固まった外人の半生など知らないこの店員は、エリックに訊ねた。
「何かお探しですか?」
人に側に来られるのはどうにも慣れない。
「えと……大丈夫です……。ご心配なく、ムッシュウ。一人で探せますから」
エリックは丁寧に断って、店内を一通り歩いてみた。
園内のアトラクションがモチーフになっているお菓子の山。ハローキティと言う猫のハンドタオル。色んなストラップにキーホルダー。


「あの二人の前で……これはないよな」
山梨のゆるキャラ『とりもっちゃん』の被り物を見て、エリックは首を振った。
自分がこれを被ったら、ヒナ(雛)とは親子ですと宣言しているようなものじゃないか。
甘エリに「買ってきたのはそれか。随分とセンスが良いことで」と、皮肉を言われるに決まっている。
ヒナに泣かれるのだけは――何としても避けたい。


お揃いになりそうなものは名前入りプレートのストラップだったが、エリックの感性からいうと、チンケに見える物を正直つけたくはない。あげても良い訳がない。


そもそもこのような売店で、自分の目に適うアクセサリーがあるのがおかしいのだ、とエリックは考え直した。
今日一日は不甲斐ない彼氏のままでいるしかない、と諦めてヒナが喜びそうな物を探そうとレジ前を通り過ぎようとした。
「――ん?」
エリックの足が止まる。


レジのすぐ近くに、ピンクの薔薇をフォークですくっているネックレスがアクセサリーケースに陳列してあった。
青い薔薇をスプーンですくっているタイプのもあり、19世紀では作られていない色なので、エリックの中の興味をそそった。


「突然の質問で失礼します。このネックレスは随分と可愛らしいですね。しかし、このお店の雰囲気とずいぶん違うように思えるのですが」
お土産のお菓子箱を整理していた女の店員に、エリックはストレートに訊ねた。
店内の雰囲気は和に近く、このネックレスは西洋のアンティーク風だからだ。
店員は素直に頷いた。


「地元のアクセサリー作家が作った品で、当店で委託販売をしているんです。どれも手作りなので、世界に1つだけですよ。良かったらご覧になりますか?」
エリックは目をキラキラさせて、アクセサリーケースから出された二つのネックレスを手に取って色んな角度でしげしげと眺めた。


スプーンの柄についている一枚の葉。
そこにはピンクの薔薇はガーネット。青い薔薇はエメラルドの水滴が一つ――。
触ってみると、宝石特有の冷たさはなかった。


「この葉についている透明な物体は何ですか?」
「これは樹脂で作られたもので、レジンというらしいです」
「レジン! へぇ、私の国では見たことがない。透明で実に美しい。これが人の手で作られた物だなんて、魅力的だ。レジンの材料とは?」
「あ〜、詳しい材料まではわからないですね……」
エリックの問いかけに、店員は困った顔をして申し訳なさそうに言う。


――商売を生業にしているのに、その原材料を知らないとはなんたることか! 
エリックは言い返そうとしたが、演劇サークルに度々洋服を頼まれていたヒナなら、もしかしたら詳しいことを知っているかもしれない。
話題に事欠かない二人ではあるが、自分の贈り物で盛り上がったらどんなに素晴らしいだろうか。
エリックは淡い期待を寄せた。






「ヒナ、君に可愛い贈り物だよ」
エリックの頭の中にいるヒナがはにかんだ。
『私にですか?』
「ほら、小さな薔薇のネックレスだよ」
『わぁ!! 可愛らしい! 本当にこれを私に?』
ネックレスを見たヒナは、花のように笑った。頬が薔薇のように赤く染まっている。
「勿論。つけてあげるよ」
嬉しそうなヒナは、金具がつけやすいよう三つ編みを横にサッと退かす。


「嗚呼!」
エリックはヒナの首筋を見て眩暈を起こした。くらくらしながら天を仰ぐ。
「何ということだろう! こんなにも似合う人は世界中探してもいないよ! 君の玉のような肌にピッタリだ。実に素晴らしい!!」
『そんな玉のような肌だなんて……』
「謙遜することはない。さぁ、美しいその肌に口付けをしようじゃないか!」
透き通るような首筋に愛を贈ると、ヒナの体がピクッと動く。
「逃げるのかい? 僕のものだろう、その身も心も」
にっこりと微笑んだエリックは、ヒナの薄いシフォンワンピースを優雅に撫でる。
『もう、エリックさんったら甘えん坊』
そう反論するヒナの声は――どこまでも甘い。
「ヒナだけにだよ。ナーディルにだってこんな姿を見せたことはないのだから」
『私をいっぱい可愛がってくださいますか?』
「――嗚呼、勿論だとも!!」






「……さん、……おきゃ……お客さん?」
「――え、あ、はい!?」
「それで、どうしますか?」
「えっ?」
エリックは一瞬何のことだろうかと思ったが、すぐにネックレスのことを思いだした。
レジンのことを考えていたつもりが、いつの間にかヒナとの甘い妄想にまで吹っ飛んでいる。こっぱずかしくなったエリックは、
「……と、とりあえず、この青とピンクを下さい……」
床に視線を落として小声で呟いた。

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