Wデート

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「恥ずかしい……」
ヒナは紺色のニットパーカーをぶかぶかさせて一人ごちた。
パーカーを羽織ったら乾くものも乾かない気がするのだが、二人が恥ずかしがって動けなくなっている以上、致し方ないのだろう。
エリックは未だ、そっぽを向いていた。


アンが周囲を見回して、フード店を指さした。
「乾くまでちょっと休憩にしない? あそこにフードあるしアイスでも食べよ?」
「アイス……あぁ、グラスか」と、甘エリ。
今のアイスクリームはイタリアで考案されたもので、1533年イタリアのメディチ家のカトリーヌがフランスに嫁いだ際、フランスにアイスクリームを伝えたと言われている。
その後、パリの最古のカフェ・プロコップで初めて売り出され――以来、フランス人は大抵食後にデザートとして食べる風習になっているのだが、
「そうですね! ぜひとも食べようじゃないですか! こんなにも暑いと身が持ちませんからね!」
わたわたしているエリックを見て、お前が冷凍庫に入ってクールダウンして来い、と甘エリは呆れて思ったに違いない。


「はぁ……」
4人はフードコーナーに歩いて行ったのだが、下着を三人に見られたヒナはエリックの背中に隠れたまま話の中に入ろうとしない。――いや、入れなかった。
楽しかったはずなのに、違う気持ちで埋め尽くされているヒナは、エリックのシャツを遠慮がちに掴んだまま、とぼとぼと後ろからついて行く。


――グレートザブーンに乗って、あの状態のまま降りてきた自分が恥ずかしい。
女性のアンに見られるのはまだしも、男性陣に見られたことを思いだしただけで顔が真っ赤になる。
穴があったら入りたいのはこの事だ。



『ムッシュウ・コバエリの恋人は下着が見える状態で来たが、どういう淑女教育をしているんだ?』



――そんなこと甘エリさんは言わないでしょうけど……。
ダッシュで去って行ったのは、きっと私に注意出来なかったことを恥じてなんだ。ヒナは申し訳なさそうにエリックの後ろ姿を見上げた。



――嫌な思いをさせて申し訳ないな……。
ヒナはしょんぼりとして、もう一度ため息をついた。
ため息と気の進まない歩き方を感じて、エリックは後ろを振り向いた。


「どうした?」
ヒナの足がピタッと止まる。
「ヒナ?」
「エリックさん……ごめんなさい」
「ごめんって何を?」
エリックは首をかしげた。甘エリとアンも立ち止まってこちらを見ている。


「こんな姿になって……彼女として恥ずかしい思いをさせてしまって……申し訳ないです」
「確かに……凄い恰好になってしまったと言わざるを得ないが……」
エリックのその言葉に、ヒナはさらに視線を落とした。


「しかし、ヒナはあのアトラクションに乗って、心ゆくまで楽しんだのだろう?」
「ええ、そうですが……でも……」
その結果がこれなのだ。視線を上げようとしないでヒナは呟く。


「ならそれでいいじゃないか。ヒナが遊園地を楽しんでいることが、私にとっての価値だ。
 それに、ヒナを彼女にして恥ずかしいと思ったことなんて、一度たりとも無い。私には勿体ないくらいの……自慢の彼女だよ。だからしょんぼりしないでおくれ」
エリックは優しく諭して、ヒナの濡れている頭を撫でた。


おずおずと見上げたエリックの瞳はとても優しくて、甘い言葉が心に染みわたってゆく。
ヒナは頬を紅色に染めて、もじもじしながら言った。
「あ、ありがとうございます。とっても嬉しいです」



「さあ、二人が待っている。アイスを食べに行こう」
「はい」
ヒナの心は梅雨の合間の――この青空のように晴れ渡っていった。

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