Wデート

□6
2ページ/3ページ

20名ぐらいに分けて入ることになるようで、エリック達は先頭に当たった。
センスの欠片もない奇妙な髪型の係員が、重たい扉を開ける。



――コツ、コツ、コツ……。



建物の中に静かに入ると、朽ち果てた待合室の前に案内された。
そこはもう華やかな遊園地とは程遠い。




重い空気。




誰かが座るのを未だ待っている、薄汚れた長椅子。




長年放置された証の大量の埃。




散乱したカルテ。
カルテはもうその役目を果たさず、むしろゴミとなっていると言っても過言ではない。


先頭の方はこちらでお待ち下さい。
そう書かれた看板が本物の病院でいうところの受付カウンター前にあったので、そこまで進んでみると、これまた朽ち捨てられた機械があった。
まるで何十年もほったからしにされたかのよう……。錆びの一つ一つが実に生々しい。


まさに閉鎖された病院を、完全に再現されていると言っていい。


「そういえば、ここは別料金だったね」
エリックは硬貨を長年放置された自販機の中に入れて、チケットが出るのを待った。
「…………でない?」
「こ、壊れているんですかね?」
ざわついていた雰囲気が急に静まり返る。やがて――



ジー…………………ガチョン!!



錆びれた音と共に現れたのは、待ちわびた入場券。
「入場券」ボタンを押してから券が出てくるまで反応が遅く、相手の苛々を誘う心理効果。
音からして、なんとも嫌な感じが出ているボロさ加減。



――ほぅ、なかなか凝った造りだ。
エリックはこれから入るアトラクションに胸を躍らせ、キョロキョロと見回した。


「ヒナ、ヒナ!」
「な……何でしょうか……」
「ほら、壁から誰かが覗いているようだよ。へぇ……切り穴の好きな男は、相手からこう見えるのか! 実に興味深いね!」
小さな隙間から見える目。こちらをジッと睨んでいた。
「はわわわ……。エ、エ、エ……エリックさん、冷静に分析しないでください……」
背中の服をギュッと引っ張っているヒナの声が震えている。
エリックはちらと後ろを確認してみると、ヒナは恐怖心丸出しで、目を右に左に忙しく往復していた。


――もしかして、ここは好きじゃないのだろうか。
絶叫マシーンに乗ったヒナはあんなにも楽しそうだったので、この手のアトラクションも好きだと思っていたのだが。
その予想が当たったのは、甘エリのパートナーのアンだけだった。


――そう言えば、ここに行くと言った時、はしゃいでいたのはアンさんだけだったな。
マズイことになったではないか。
そう思って甘エリに声をかけようとした刹那――安っぽい映画が始まり、その後すぐさま個室にグループずつ案内されてしまった。


この部屋では人生の最後の思い出を残すことができる。
途中でリタイア(脱落)する者が多いので、仕方なく最初に撮影を取ることになっているのだった。


「うぅ……不気味ですね」
怯えきっているヒナが言うように、薄暗い中での写真撮影は『何か』が映りそうで不気味だった。




――ガタン!! 




「きゃああ!!」
シャッターが下りる寸前で何かが落ちた。
エリックはビクッと身を強張らせる。左手は慌ただしく指を動かしており、彼の背中は緊張でただただ垂直に反っている。
エリックは恐る恐る頭を下げて、この緊張の原因をもう一度確かめた。




ヒナが自分の腕に身体をくっつけて来ているではないか。



ち、ちょっと待ってくれ!? 君の嫌いな犬はいないぞ!? 
人前でくっつくなんて、今まであっただろうか!! 
そうだ。ない。ないとも!
生まれたての小鹿のようにプルプル震える彼女は、なんと儚く見えることか!
危険がせまったら、パンジャブで相手を皆殺しにしてでも君を守るから安心しておくれ!
お化け屋敷で違う目的を見出したエリックは、甘エリに脱出口(通称チキンロード)から早々に出ようと提案するのは止めた。




こんな甘いシチュエーションを無くしてたまるものか。





「ここはグループじゃなくカップルごとに入るべきだな」
「――へっ? 別に……むぐっ!」
甘エリは無言でアンの口を手で押さえて塞ぐと、
「そちらからお先にどうぞ」
にこりと笑顔を浮かべた。


なるほど。彼も恋人との甘いひとときを考えたらしい。
視線で賛同したエリックは、後ろでビクついているヒナに向かって言った。
「ではお先に。ヒナ、行こうか」
「は……はひっ!」
エリックとヒナは血糊が白衣につきまくっている係員に誘導され、長い螺旋階段を上がって行った。



あとがき→
*
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ