Wデート
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あちらこちらから悲鳴が聞こえている中、エリック達は赤い矢印の通りに進み、「CTスキャン室」「レントゲン室」「第一手術室」「ナースステーション」を無事通過した。
この病院の中は視覚、臭覚、聴覚、第六感全て使うようになっているらしく、しゃがまないと進めない『穴』もあった。
何度目かの廊下を抜けると、非常階段に出た。
ここは天井から電球が吊り下げられていて、かなり明るい。
階段の踊り場に、エリックがもうすこしマシにつけろと憤慨した、雑な感じで張りつけられた看板には赤いスプレーで矢印がついている。
「こ、今度は上下ですか……」
部屋と分岐、廊下と非常階段がぐるぐる。
これでは大抵の人間は、自分が何処にいて何階にいるのかわからないだろう。
「思うんだけどね、ヒナ。これは下にいくのは不正解だと思うんだ」
「え、どうしてです!?」
「考えてみなさい。ここの出口は一階だろう? 当然全員、無意識に下に行くように考えている。わざわざ上に矢印を書く意味がないはずだ」
「――はっ! そ、そうですね!」
ヒナは何度も頷いた。
「……と言うことは、上が正解ルートだ」
「流石エリックさんですね、上に行きましょう!」
早く出たいヒナは元気を振り絞るように言って、エリックは静かに笑った。
「嗚呼、そうだね」
――よし、これで全部屋を制覇できるぞ。
エリックは内心ガッツポーズをした。
映画を見て行動したエリックは、一つの考えが浮かんでいたのだった。
『この病院には秘密があり、その秘密を解く鍵は4階にある』と。
それを解く分岐点がここだ。
わざわざ出口ルートから外れて行くのだから、いい具合に驚かせてほしい。
エリックは期待を込めて、上への階段を上がった。
先程まであちらこちらで悲鳴が聞こえていたのが嘘のように消え――不気味な静寂に包まれている。
暗闇に慣れていたヒナだったが、非常階段の明るさで視力を失っており足元がおぼつかない。
――実に良い暗順応の使い方だ。
エリックはヒナが転ばないよう、また肩を抱いて先へと進んだ。
誰かに割られたようにガラスがあちらこちらに散乱しており、歩くたびにジャリジャリと音がした。
「……ここら辺なんか、本当に廃墟ですね」
「そうだね。なかなかに凝っているよ」
空気の重たさがより濃厚に感じ、まるで二人しかいないような錯覚に陥るのだ。
それでいて、先程から至る所から見られている感覚がおさまらない。
実にリアリティ溢れた空間だと、エリックはつくづく感心する。
ここを作るまでに数多くの研究を行ったのだろう。
この部屋は何だろう、とエリックはペンライトで天井付近を照らした。
プレートに「検査室」と書かれてある。
何処かの腫瘍を切り取ったホルマリン漬けのラベルには、氏名と解剖の日付が書いてある。
アンドレウス・ヴェサリウスの影響で、自分が含まれない “ホモ・サピエンス”の生体に学問的な興味を持っていたエリックは、度々解剖を行っていた。
だから、直にこの目で見ているからわかる。――本物かリアルな作り物の違いかなんて。
エリックはヒナにホルマリン漬けを見せないよう、足元だけを照らした。
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