Wデート

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エリックはこの後に訪れるであろう、二人のことを思い出した。
――甘エリさんが喜ぶ部屋だな。
自分と違ってかなり積極的な彼のことだ。今頃は甘い時間を過ごしているだろう。
そして、彼は心の底から興奮して、この部屋のいたるところにある“見事なホルマリン漬け”を楽しむに違いない。


「ここも、別のルートに出る道はなさそうだ」
二人は廊下に出て何処かに赤い矢印がないかと探すが、見当たらなかった。
誰かの悲鳴でも聴こえれば、それを道標にできるのだが、何者かがスプレーで書いた奇妙なマークがあるだけだった。



――バァン!!


「ひっ!!」
けたたましい音のする方を見ると、原型を何とか留めている窓ガラスにくっきりと手形がついている。
生々しい跡だ。
まるで、これ以上来るなと言っているのだろうか……。


エリックとヒナはひっそりと身を寄せ合って進む。


「――ん?」
破壊された窓ガラスが散乱している廊下を通りすぎようとした矢先のこと。前から来る何か不吉な空気を感じて、二人の足が止まった。
目の前はTの字になっており、これまでとは違う何かが右側から迫っているのを感じた。


水たまりがあるわけでもないのに、ぴたぴたと歩く足音がやけに響く。
エリックは小声でヒナに断ると、ライトのスイッチを切った。ヒナと甘いことをしようという訳ではなく、何故かそうすることが正しいように思えたのだった。



「…………痛い……痛い…………」
苦痛を訴える男の低い声と鼻に突く異臭。



T字路の中ほどまで来た男はそのまま前に行こうとしていたのだが、エリック達の気配を感じ取ったのか、急に方向転換してきた。
「痛い……、イタイ…イタイ…イタイ…イタイ…イタイ……」
「――っひ、ひいっ!!」
「アクターが動き回ることもあるのか。確かに、ワンパターンでは面白くないからな」
ヒナが竦み上がったのに対し、エリックはアクターが泣くぐらい堂々としていた。


「ヒナ、私にしっかり掴まって」
腰が抜けかけているヒナを壁沿いに隠す。
一体どんな顔をしているのだろう、と近づいてくる男の顔をライトで照らした瞬間、柄にもなく背筋に冷たいものが走った。
「いやーーー!」
ヒナは思いっきり叫んで、エリックの腰にしがみつく腕に力を込めた。






――顔が完全に潰れている。





今まで見たアクターの中で、もっとも不気味と言っていいだろう……。
どうやって視界を確認しているのかわからないぐらい、顔の原形をとどめていない。


「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ……」
口もどこにあるのか見当たらないのに、どうやって言葉を発しているのだろうか。
二人に救いを求めているその男の白いポロシャツはおろか、足元まで血だらけだった。


――いいな。これぐらいの不気味さが無いと、話にならない。
我が意を得たエリックはにやりと笑って、男の前を通り過ぎる。ヒナの足は逃げ足だった。


男が出てきたであろう、その先にあったのは「ICU(集中治療室)」。死に直面している部屋だけに、何かが出るオーラが漂っていた。
「お化け屋敷の恐怖マニュアル」があるとすれば、後ろにいるこの男は前置きであり、この先の恐怖を何倍も味あわせるものなのだ。
実に計算高いその罠――。


「い、行くんでしゅか……?」
舌足らずになっているヒナは、目に涙を溜めて縋るようにエリックを眺めた。
強烈なアクターと遭遇してからと言うもの、ヒナが堂々と甘えてくるのが嬉しい。
「大丈夫だよ。そのまま私に身を預けていなさい」
「は、ははは、はひぃっ!!」
言われるがまま、自分にしがみついているヒナが愛おしい。絶対に守ろう、とエリックは心に固く誓う。
『愛の旋律迷宮』を満喫しているエリックは、秘密を解くために中へと入って行った。

*
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