Wデート

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――いやぁ、幸せな時間だった♪ お化け屋敷って楽しいものだな。オペラ座の通路もこんな感じにしようか。
戦慄迷宮を出た後も、ヒナはエリックの腰にしがみついていっかな離れようとしないので、
エリックはすこぶる機嫌が良かった。


「……あの、エリックさん」
「ん? 何かな?」
エリックは上機嫌で訊ねた。
「夜、トイレに行けなくなったら、ついてきてくれますか……」
「…………えっ?」
その言葉にビックリしたエリックは、口から魂が空に飛びかけた。


――今、ヒナは何と!?
嗚呼、そうだよ、エリック。トイレに一緒について来い……そう言ったんだ。
今までそんなことを聞いたことがあったかい!? 無い、無いとも!!
彼女の口からそんな大胆な言葉が出るなんて……。
神よ、私と彼女の関係は、あのアトラクションを経て大きく前進したのですね!? 
素晴らしい時間をくれた、貴方に今、心の底から感謝致します!! 


「駄目……ですか?」
おずおずと見上げるヒナに、エリックは笑う。
「その時は呼びなさい。部屋の傍らで待っていてあげるから」
「ありがとうございます」


1階から4階全ての部屋を制覇したエリックは、もう一人のエリックのことを考えていた。腕時計を見て時間を確認する。
「あの二人が出るまで少し時間がかかるだろうね」
「じゃあ、出口から見えるベンチに座っていましょうか」
「そうだね、のんびりと待とうか」
次々と列に並ぶ行列を通り過ぎながら、エリックは嬉しそうに言った。


――さて、今頃どんなことになっているのだろうか。
途中で見かけた、恋人を置き去りにして逃げ出したカップルのように悲惨なことになってはいないだろうとは思っている。
あの二人のことだから、当然、アンが甘エリの手を握って怖がり、彼はそれをなだめながら堂々とエスコートしているのかもしれない。


ベンチの前まで来て、エリックは未だにヒナの肩に手をかけていたので、慌てて手を外した。
「ごめん! ずっと押さえつけていて歩きにくかっただろう!?」
「いえ、大丈夫ですよ」
恋愛に関して奥手の二人が、お化け屋敷を出た後も公衆の面前の前で抱きついていたことを思いだし、ベンチに腰かけた後も互いに気恥ずかしくなって無言のまま俯いていた。
人々の楽しそうな声と悲鳴が二人のしじまに響く。


暫く無言の後、ヒナはやたら喉が渇いたことを思いだし、近くの自販機で紙パックのジュースを二つ買ってきた。カフェ・オレとリンゴジュースだった。
「どうぞ」
ヒナはカフェ・オレのパックを前に出す。
「すまない。私が買わなければいけないのに」
エリックは申し訳なさそうに受け取りながら言った。


「そんなことないです。迷宮の中でずっと守ってくれて嬉しかったですよ。ありがとうございました」
ヒナは首を振って、エリックのお隣に座った。


「これぐらいお安い御用だよ。ヒナの言う通り、ここはなかなかにスリルがあったよ」
「他の人なんか恋人を置いて逃げだしたりしていたのに、エリックさん堂々としていましたよね」
ヒナは途中で見た光景を思い出して、ようやく微笑む。
「守りたいものがあるからね」
ヒナの頭を撫でながら、エリックは目を細めた。



――私にとって、これぐらいのスリルは何でもない。
幼少の頃に村人に殺されかけ、親友を失い、ヴォッシュヴィルの生家を逃げ出した後も恐怖は影のようにつきまとっていた。



檻に入れられ、鞭で背中を数えるのが嫌になるぐらい何度も打たれ、男に犯されかけたあの日を思えば、これぐらい何でもないではないか。
これほどまでに平和ぼけをしている日本人に、同じぐらいの辛酸を味わえと言ったら、殆どが発狂するか自殺してしまうだろう。
エリックは遠くに見える天空のブランコ『鉄骨番長』を見ながら、エリックは自分の呪われた歴史を思い返しながら紙パックのジュースを飲んだ。

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