Wデート

□7
2ページ/7ページ

「あ、あ、あれ……あれ……!!」
震える声につられて、エリックは前方にライトを照らす。
か細いライトの光が映したのは、天井から首をつっている女の姿だった……。
足が静かに揺れている。


「いやーーー!」
ヒナはエリックの腕に力を込めた。



胸が……ヒナの胸が私の腕にくっついている……!!
ヒナの鼓動が近くで聞こえるなんて信じられない……!
素晴らしい……素晴らしすぎるよ、この迷路は!!


エリックはご丁寧に人形を照らした。
「大丈夫。リアルに作られた人形だよ、これ」
顔が完全ににやけているエリックは嬉しそうに言った。
「無理無理、無理です。絶対に見れません!」
ヒナはもはや腰が引けており、何でそんなに嬉しそうなのだと不思議がる。




――完全に自分のせいであるのだが。




「怖い、怖いです……不気味です……」
「怖くないよ、この私がついている。絶対に守ってみせるから安心しなさい」
「ほ、本当ですか?」
ヒナは縋るように、エリックを見上げた。
「当然じゃないか。さぁ、先へと行こう」
エリックはにっこりと笑い、胸を躍らせながら人形の前を横切った。


ヒナが怖がっているので(当たり前なのだが)、二人の歩くペースはやたら遅い。
最初の部屋は何かなと考えていると――。



……キイッ……バン!!



「ひぃー!!」
ヒナの叫び声にエリックの口角が上がる。
たかが扉の開閉の音なのに、いちいち飛び上がるヒナの反応が面白く、可愛く思う。
本当に苦手なんだな、とエリックは何処からか聞こえてくる数多の叫び声を聞きながら進んでいった。



――それにしても出会ったのは人形だけだ。未だ、病室らしい部屋に入っていない。
この廊下はいつまで続くのだろうか。



そう思っているうちに、最初の分岐点に来た。右は「レントゲン室」で、左は「CTスキャン室」。
どちらかが正解で、どちらかが不正解となるのだが、ここは本格的なお化け屋敷だ。
不正解の方がやたら楽しいと言うこともある。
レントゲンやCTスキャンというものがエリックの時代にあるはずもなく、そこが何なのかよく解っていないエリックはヒナに訊ねた。


「どちらも体の内部を見る部屋でどちらもX線という放射線を使っています。
 レントゲンの方は骨に異常がないか白黒のフィルムで確認でき、CTの方は主に内臓系に異常がないか、平面にスライスした写真で見るんです。
 CT画像はモノクロが主流ですが、最近では3次的に出すCTも出ていて、難しい手術や治療にとても役立っているんですよ」
「なるほど……」
自分と言う名の骨模型に見飽きているエリックはしばし考えて、CTスキャン室の方に足を運んだ。


静かに中に入って、エリックは注意深く中を照らした。
14畳ほどの狭い部屋にCT装置が忘れ去られたかのように、ぽつんと置いてあった。
「――大きな機械がある。あれが内臓を薄くスライスにする機械かい?」
「し、写真が抜けていますよ。それじゃあ、ただのスライサーです」
「一体どういう仕組みで動くのだろう。詳しく調べてみたいな」
エリックは大きなドーナッツ状の機械の前に来て言ったのだが、触ったら即退場と言う言葉を思い出して、慌てて手を引っ込めた。



まだ冒頭で終わらせるわけにはいかない。
理性を総動員させて、好奇心を押さえこむ。



「で、でてきませんね……何も……」
二人の呼吸しか聞こえない。
何もでないという安心感でさえ、恐怖を植え付けるものになる。ヒナはすっかり恐怖感に慄いていた。
「――違う部屋が正解か」
ヒナの言う通り、どうやらこの部屋はダミーのようだ。



いっそのこと、肩でも抱こうか。
エリックは前方をペンライトで照らしながら思いついた。
そっちの方がよっぽどカップルらしい。
幸い、先程邪魔した甘エリさん達は別行動だ。



「エリックさん……どうしたんですか?」
ヒナの声で我に返る。廊下でどうしようか考えているうちに、足が止まっていたらしい。
「え、いや――」
「何ですか、何かいるんですか!?」
「えっと……それじゃ怖いだろう? それでだ……その、肩をだね……」


「ウァアアアア〜〜〜」
「――ふ……ひゃああああああああああ!」
いきなりの幽霊(勿論、アクターと呼ばれる従業員なのだが)のお出ましに、
良い雰囲気になろうとしていたことをブチ壊されたエリックは赤い目をして、アクターをナイフのように鋭く睨んだ。



「…………失せろ」
不気味な声がアクターの耳元だけに響く。


本物の幽霊以上に怖いオペラ座のゴーストの睨みに度胆を抜かれたアクターは、
真っ白で塗りたくった顔をさらに白くさせて(薄暗いので、エリック以外わからないのだが)、体を硬直させている。


「怖かった、怖かったです……」
「ほら、怖いならもっとしがみついて良いんだよ。おいで」
プルプル震えているヒナの肩をやんわりと抱き寄せて、まだ鯉のように口をパクパクさせているアクターを素通りした。
エリックは男らしく堂々としているのだが、実は、腹の底では何百倍も緊張しているのは言うまでもない。

*
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ