Wデート

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出口は一階だから、わざわざ4階に行くことはないだろうと二人は思っていたが、なるほど、始めから最上階に行って、下りながら恐怖を堪能する仕組みらしい。
4階にいた係員が静かに振り向いた。顔のあちらこちらが黒く焦げている。


「……何名様ですか……?」
「全員で、んに、2名様です!」
「……2名ですね、少々お待ち下さい……」



――2名様です。ヒナは確かにこう言った気がする。



恐怖のあまり応答がおかしくなっていることに、本人は全く気がついていないらしい。
心細い明るさのペンライトを渡されたエリックであったが、猛禽類のように夜に強い目なので、何の恐怖心も感じない。
普通(次元を越えているが)の人間であり、恐怖で体が震えているモンチッチ状態のヒナを連れて、エリックは漆黒の廊下を歩き始めた。



エリックは内部を見回した。
廊下には窓がついているのだが、はめ殺しになっていて、こちらから何も見ることはできない。
何がいつ出てくるのかわからない。――その概念が余計に恐怖心を煽る。
「もう、ダメ。怖いです……」
開始早々まだ1分も経っていないのに、ヒナは泣き言を洩らした。


「ヒナ」
「な、なな何でしょうか!?」
普通に声をかけたのにもかかわらず、ヒナの声は面白いほど上ずっている。


「もしかしなくても、お化け屋敷は好きじゃなかったのかい?」
「ここのは……お化け屋敷の中でも特別なんですよ……」
「特別か」
楽しめそうだ、と内心にやりとしたエリックは、予想外のヒナのセリフを聞くことになる。
「お化けも本格的に動きますし……色々いわくつきなんですよ。ここ……」


「――いわくつき?」
おうむ返しに訪ねると、ヒナはか細い声で答えた。
「その……本物の幽霊がでるって有名な場所なんです。……本当か嘘かはわからないですけど」
「ヒナは幽霊が怖いのかい?」
ヒナはその言葉に何も言わなかったが、腕に強くしがみつくその力はYESと言っている。


「大丈夫だよ、ここのは全部従業員なのだから」
入る前に、エリック達は様々な注意喚起を受けていた。


院内は一方通行となっており、逆走しないこと。
携帯電話等での撮影・録音は一切禁止。
院内での飲食はご遠慮下さい(ただし、リラックス効果のあるガムは可)。
院内は全て火気厳禁です。ライター、マッチ、バーナー類は使用しないで下さい。
幽霊は絶対にお客様に触れることはないので、反撃しないこと(攻撃したら、即退場)。
お客様同士での脅かしは危険ですので、絶対にしないで下さい。
院内の設置してある物には触れないで下さい。
リタイアする場合は専用の扉から脱出して下さい。等々。


「そ……そうでしょうか……」
「あ、でも幽霊はいるね。すぐそこに」
「ひっ……本当ですか!?」
ヒナは歩みを止めたので、思わずクツクツと喉を鳴らしてエリックは笑った。


「あの、その幽霊ってもしかして……」
「うん。私の事」
「んもう! エリックさんは幽霊じゃないじゃないですか」
脅かされたヒナは、エリックの背中をポコポコ叩いた。


「ハハハ、ごめんごめん。でも、オペラ座のゴーストと言われていたのは事実だ。それはわかっているだろう」
「それはそうですが、でも私はエリックさんをそんなふ――」
言葉半ばでその場に立ち止まり、ヒナが生唾を呑む音が聞こえた。
暗闇に慣れたから、何かを見つけたのだろう。





そう、何かを……。





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