Wデート

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「え、私ですか? 至って普通ですよ? ――ね、エリックさん」
「そうだね。いつも通りの感じだね」
アンもまた普通通りなのだろうと思うと、笑みが引きつる。


ヒナがパタパタと手を振った。
「ですから、別に丁寧な食事マナーを心がけて食べている訳ではないですから、私達に気を使って食べるより、自分の好きなように食べるのが一番美味しいですよ」
「ほら、ヒナちゃんもこう言ってくれてる事だし、問題ないよ」
「お前が言うな」
アンの額を小突いて、甘エリが苦言をさした。



――甘エリさんの淑女教育がどれほど大変だったのか……苦労が手に取るようにわかるな。
その頑張った教育の成果がこれなのだと思うと、彼は空しくなって心の中で泣いているだろう。
エリックはスコーンを千切って口に運びながら、甘エリに心底同情した。


「このジャムとても美味しい。スコーンに合いますね」
ヒナの感想に甘エリは満足そうに笑った。
「お口に合ってよかった。コンフィチュールは自分が好きな事もあってよく作るんだ。季節の果物を使って結構な種類を作っているよ」
「取れたての新鮮なもので作ると美味しいですよね。今度レモンとジンジャーか、アプリコットとバニラのどっちかを作ろうかな、って思っているんです」


甘党のエリックはどちらかと言うと、後者の方を食べてみたい……。
そう思っていると――


「エリックさんが食べたいのは?」
「え……?」
いきなり話題を振ってきたものだから、エリックは一瞬面食らった。


「私が食べたいのはヒ……いや、アプリコットとバニラの方かな。実に甘美な甘さだと思うよ!」
自分が言いかけた言葉に慌てて別の言葉を重ねた。
――ヒナが食べたいなんてこの場で言えないだろう。馬鹿エリック!!
自分に毒突いて、アンが飲んだようにハーブティを一気に喉へと流し込んで咳込んだ。


「――だ、大丈夫ですか!?」
ゲホゲホとむせていると、ヒナがエリックの背中を軽く叩いた。
「だ、大丈夫だよ。毒を飲んでも生きている私だ、これぐらい心配はないさ」
「毒!? エリックさん毒を飲んだんですか、一体どうして!?」
蒼ざめるヒナにエリックは狼狽えた。



――しまった、ヒナはこの手の冗談が一切聞かないんだった。
今度は甘エリが同じように痛い視線を向けたので、エリックは慌てて弁解した。



ようやくヒナの心配が治まったその時――
「あらっ。リスがいますよ! 可愛いですね」
スコーンの香ばしい匂いに誘われたのか、野生のリスがやってきた。木の上からこちらを見ている。
「ヒナ。あの子を呼んであげるから、傍においで」
汚名返上とばかりに、ヒナ手を優しく取って、ラフな姿勢になった足にちょこんと乗せた。


「――おいで、怖くないよ」
その優しい声に導かれるように、リスはおずおずと一歩一歩近づいて、最終的にはエリックの肩にちょこんと乗っかった。
「わぁ!」
「はい、ご飯をあげてごらん。きっと喜ぶよ」
いつの間に用意したのか、メロンとカボチャの種をヒナの手に乗せると、リスがしきりに匂いを嗅いでいる。


ヒナが手のひらを近づけると、すぐさまぴょこっと飛び乗って、愛らしい小さな手で種をつまみ、もぐもぐと種を頬張り始めた。
「可愛いですね!」
リスの可愛らしい仕草を見て、ヒナは満面の笑みをエリックに向けた。



――君の方が、何倍も可愛いよ。
恋人の喜ぶ姿ににっこり笑って、エリックは頭を何度も撫でた。


「あ、いいなー。ね? 小鳥さん呼んで?」
二人の和やかな雰囲気(というよりも動物)に心惹かれたアンは、甘エリにおねだりを始めた。
甘エリは喉を調節して鳥の鳴き声のような音を出すと、さっそく小鳥がやってきてアンの手や肩にとまる。
「食べてる、食べてる。小鳥さん、可愛いね♪」
スコーンの屑を掌に載せてアンは嬉しそうに言った。そこまでは良かったのだが――


「……そうだな。実に可愛いよ、そうしてるお前は」
ホスト顔負けの色気に、エリックもヒナも固まってしまった。


「ちょ……、恥ずかしいからっ!」
「何故?」
「いいから、そーゆー事を人前で言わないのっ! もぉ、これだからフランスの男はぁっ!」
「まぁ国民性がないとは言わんがね……」


フランス人としての国民性に外れていると痛感したエリックは余所でやれと思い、
ヒナは素知らぬふり(だが、恥ずかしさで顔がアン以上に真っ赤)で、リスに追加のメロンの種をあげ始めた。

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