Wデート

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昼食を食べ終えた4人は凱風を頬に受けながら、まったりと過ごしていた。
ヒナがお手洗いに行っている間に、甘エリの片付けを眺めていたアンがエリックの隣に近づいた。


「んーとさ、コバさん」
ちょっと苦笑いしながらアンは口を開いた。
「はい、何でしょうか?」
エリックは甘エリの性格を考えて、アンとの距離を考えながら訊ねた。


「コバさんの服の背中部分が、ちょっと飛びでてますよ」
「――え、本当ですか!? みっともない所をお見せしてしまい申し訳ない!」
紳士としてあるまじきファッションだと、わたわたしながら服を整えた。


「あのニットのパーカーの背中も伸びてましたし」
「嗚呼。それは、さっきからヒナがそこを掴んでいるから伸びていると思うんですよね」
エリックは責める口調ではなく、どこか嬉しそうに答えた。


「手繋がないんですか?」
「――は?」
いきなりのストレートな質問に、エリックは素っ頓狂な声で訊き返した。
「余計なお世話かなーとは思ったんですけど、ちょっと気になって……」
今日初めて顔を合わせた他のエリックのパートナーに心配されるなんて、人生初。嬉しいやら悲しいやら。


「タイミングがあれば繋ぎたいのですが――」
肩をすくめてエリックは困った顔をした。
「いつもであればすぐ横にいるんですけど、何故か今日は一歩……二歩かな、後ろに下がっているんですよ。
 顔を見ようとすると、顔をそらしてこちらを見ようとしないし……。嫌いになったのかと思ったけど、そうでもないようですし……」


こんな話はいい迷惑だということは重々承知ではあったが、どうしていいのかエリックにはわからなかった。
同じ女性として何か気がついた点があるのなら、教えて欲しい。


「あらー、全然気がついていないんだ」
呆れた声を出すアンに、小馬鹿にされたような気分になったエリックは眉間に皺を寄せた。
「何がです?」
そう訊ねるエリックの声は心持ち低い。


「ヒナちゃん、照れてるんですよ」
「照れている? 何に?」
「コバさんに」
「――は?」
「私もフルメイクしたエリックの顔を見た時、結構恥ずかしかったです。だから、ヒナちゃんも見たいんだけど、恥ずかしくって見れないんじゃないかなぁ」
「……………」
「手を繋いでほしいって、ヒナちゃんみたいなウブな子は絶対言えないと思うんですよねー」



恥ずかしい?
そんなことってあるのだろうか。
いつも見ている仮面に単なるメイクをしただけだ。
しかし、彼女の言う通りならば、今までのヒナの行動は全て当て嵌るではないか。
エリックは口元に手を当てて、悶々と考えていた。






絶叫系を殆ど制覇した4人は、ふとメリーゴーランドの前で足を止めた。
小さな子供達がゆっくり回る遊具に乗って楽しんでいる。
「なるほど。メリーゴーランドという乗り物は、夢見る乙女の乗り物を具現化したのだね」
「そうですね。白馬の馬車とか白馬に乗った王子様は、世の女性憧れの乗り物ですからね」
エリックは良いことを聞いたと目を輝かせた。


「乗ろうか」
「わ、私は遠慮しておきます。もう子供じゃないですし」
当然のことながら、昔から大人を意識していたヒナは首を横に振った。
メリーゴーランドを見たり乗ったことのある人ならわかると思うが、喜ぶのは小さい子供であり、ある年を境にはたと乗らなくなる。
気恥ずかしいという感情が先に出るのだ。
親になると、子供がくるくる回って楽しんでいるのを眺める程度になる。


「たまには子供に戻るのもいいじゃないか。行こう」
「――ふぇ!?」
ヒナの手を取り先陣切ってメリーゴーランドの中に入るのを、甘エリが目を丸くして眺めていた。


「ヒナ、一緒に乗ろう。おいで」
エリックは颯爽と白馬に乗って、後ろにいるヒナに手を差し出した。
「い、いえ! 私は隣のカボチャの馬車で大丈夫ですよ!?」
ヒナはわたわたと恥ずかしがる。


「一人で馬車に乗ってもつまらないだろうに」
「でも、何処に乗ってもメリーゴーランドはメリーゴーランドですから――」
「何処に乗ってもなら、ここに乗っても構わないだろう?」
「え、あ、まぁ……しかし、人の目がありますし……」


何度もヒナを誘うが心底恥ずかしがってなかなか近寄ってこない。
やがて、『まもなく動きます。お立ちのお客様はお早めに席にご乗車ください』という男性スタッフの声が流れ始めた。
遅れて入ってきた甘アンが既に一緒の馬の乗り物に乗って、堂々とイチャイチャしている。
それを羨ましげにヒナが一瞥していたのを、エリックは見逃さなかった。


「やれやれ、困ったお嬢さんだ」
エリックは一旦乗り物から降りて、ヒナをひょいと抱っこして膝に乗せた。
「恥ずかしいなら、顔を胸に押し付けていなさい」
「何か、今日のエリックさん変……」
リンゴのように頬を真っ赤に染めたヒナは、俯きながら蚊の鳴くようで呟いた。


「そうかな? いつもの私だよ?」
「エリックさんは……恥ずかしくないんですか?」
ニットパーカーに顔をつけているので、声は少しくぐもっている。
「長年の憧れでもあった日差しの下でのデートを、ようやくこの手に掴んだんだ。ちっとも恥ずかしくなどないよ。
 ずっとこうしていたい。ヒナも望んでくれるなら、ね……」
ヒナは何も言わずキュッとスカートを掴む。



発車のベルが鳴って、ガボットが何処からともなく流れた。



「――ヒナ、顔を上げてごらん?」
ほんの少しだけ顔を上げると、いつの間にか自分の首にアンティーク風のネックレスがかかっていることに気がついた。
「うん、似合うな」
自分のセンスは間違いではなかったと、エリックは嬉しそうに目を細める。
「あの、これは?」
「ささやかなプレゼントではあるが、受け取ってほしい。ほら、私とおそろいだよ?」
左手で首にかかっているブルーのネックレスを見せた。
ヒナの顔色が曇る。


「……エリックさん、それ女物じゃ? 私のために無理していないですか」
「君こそ、私のために無理していたじゃないか。本当はペアのアクセサリーが欲しかったんだろう?」
「それは……」
ヒナはバツが悪そうに身を縮めた。


「私には正直に言ってほしいんだ」
「エリックさん」
「確かに私は凶器になりえそうなものは身を守る観点上、なるたけつけない主義だよ。
 だけどね……、ヒナとおそろいのアクセサリーならば、私はつけたい。
 貴金属で無かろうが、女物だろうが、この身が危うくなろうともつけたい。ヒナの喜びが私の喜びなのだから」


ヒナは顔を赤らめてエリックに抱きついた。
自分が黙っていたことでエリックが心を痛め、お揃いのアクセサリーを見て羨ましい眼差しを向けていた事を知って、慌てて買いに行った彼の優しさ。
心の底から彼を愛して良かったと思う。


「ありがとうございます。とっても嬉しいです」
「う、うん……どういたしまして」
エリックは耳を真っ赤にして、そっぽを向いた。


出口に出たヒナの首元に光り輝いている何かを目敏く見つけたアンが、ネックレスをまじまじと見つめて言った。
「……ん? あれぇヒナちゃん? 可愛いペンダントしてるね」
「は、はい……。エリックさんから、おそろいのペアネックレスを先程頂きました」
「ちっちゃくて可愛いね。ピンクの薔薇で、コバさんのは水色なんだ」
「はい、そうなのです」
満面の笑みで答える恋人の手をエリックはさり気なく取ると、ヒナは一層嬉しい顔をして握り返した。
エリックは目頭に熱いものが込み上げたのだった。


「うわ、かわいい〜ちょっとよくみせて〜?スプーンに薔薇が乗ってるとか、もう、超かわいくない?」
「アンさんもそう思いますか? 私も首にかけられた瞬間に、かわいいって思って。嬉しくなっちゃいました。」
「いいな〜こういう可愛いのあたしも好きだー。似たようなのないかなー」
「えっと、アクセサリー職人さんの一点ものなのだそうです」
「そうなんだー」
納得するアンの声は心底ガッカリしている。気に入ったものが手に入らなくって申し訳ないという、ヒナの姿を見てアンは表情をコロッと変えた。


「ほんっと可愛い。なんかんっ百万とかする宝石ついてるものとかより
 こーゆーものの方がよっぽど欲しくなるよねー」
「あ、それわかります。値段の高さとかに気おくれするばかりで、偉い人になった現実感もないですし。
 こんな一般市民がつけていいような物じゃないって思ってしまいますから」
ヒナが宝石をつけてくれた方が宝石は心底嬉しいと思うし、一般市民以上の慈愛を持って尽くしてくれていることを感謝しているエリックとしてはそちらの方が有意義に思う。


――しかし、アンは違っていた。
エリックの考えに及ばないことを発言した。


「だーよーねーっ! もう触っちゃったら手垢つけてすいませんでしたーーー ! って気分になっちゃうよー」
エリックは何を言っていいのかわからなかった。
エリックの代わりに答えたのはヒナだった。しかも、うんうんと強く納得している。
それが余計に心を抉る。


「そうですよね。宝石は確かに綺麗だなとは思います。ですが、それを自分で身につけたいかと言われると、それはちょっと遠慮したい話ですね……。
 このようなアクセサリーだといつでもできるから――」
なんだか自分が情けなくなったエリックは謝罪したくなった。
「安物ですまない……」
「いえ!」
ヒナは首をぶんぶんと振って否定したする。その目は誤解です! と訴えている。


「これが宝石より劣っているというわけではないのです。逆に何処でも気兼ねなくできるのがありがたくって、私はこちらの方が貰って嬉しいです」
宝石と同等――いや、それ以上だと考えているヒナの想いを知ったエリックは感動で胸が震えた。
「そうか。ヒナが喜んでくれて私は心の底から嬉しいよ」
甘エリとアンがいなかったら、思わず抱きしめてしまいたいほどに。


「うんうん、ほら、この靴についてる石みたいなでっかいの見せられてもさぁ……。宝石様に私が見合ってませんからーって思っちゃうよ」
「あら……それ本物じゃないんですか?」
アンの足元を見たヒナが不思議がる。微かに甘エリが身じろいだことは、エリックにしかわからなかったらしい。
甘エリのパートナーは何も気づかずに話を進める。


「え? カタログから取り寄せたからイミテーションの筈だよ?
 もしこんな大きさの石で本物だったらあたし速攻でこの靴脱ぐよ〜。裸足でいるほうが全然マシだわ」
それが本物であるとすぐに見抜いていたエリックは甘エリに視線を送る。
同情とも叱咤ともとれる不快な眼差しに観念した甘エリはエリックにだけ聞こえるように話した。


「言うな……頼むから、言わないでくれ。アンは本当に、やる。」
あの気質だ。そうとわかったら帰りまでずっと裸足でいるに違いない。
他の人の目が気の毒に思っても、動じない。
むしろ、甘エリへの報復になって清々しいと思うかもしれない。


「やりそうですね……。気付いてないうちに取り換えたんですか?」
「……私のアンにイミテーションなど、ありえない」
「もしかして、そのネックレスの白蝶貝や黒蝶貝がかなりな貴重な品だというのも……」
「アンは何も知らないから内密にしてくれ」
「なるほど……お互い様ですから余計な事は言いません」
自分も同じ立場になったら黙っていてほしい。
憐憫の情に、甘エリは苦笑を返した。


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