Wデート

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時間は正午を過ぎていた。
ヒナは怖がって、エリックの背中のシャツを思いっきり掴んでいる。
本物の幽霊を見てしまったから仕方がないのだろう。
しかし、また同じような恰好で歩くことに、エリックは泣けてきた。


――全然進歩していないじゃないか……。
ヒナに悟られぬよう、涙を流す。


何処で食事をしようと思っていると、木々に囲まれたピクニック向きの空間があった。
親子連れでお弁当を開いている人もいる。
その家族からはだいぶ離れた場所に、甘エリは敷物(最高級のもの)を敷いた。
ヒナもお弁当を作ろうと考えていたのだが、甘エリが用意してくるとエリックから聞いていたので、甘えることにしたのだった。


甘エリが良くできた主婦のようにいそいそと用意を始めた。
彼がカップに注いだハーブティの香りが初夏の風に漂う。
スコーンの入った籠を開け、小ビンに詰めたジャムと蜂蜜を取り出しながら、甘エリはバスケットの中から竹で編んだ弁当箱をそれぞれに渡して優しい声で言った。
「たいした物でもないが、どうぞ」
「わー、綺麗!」
お洒落に具材を詰め込まれているお弁当箱を見て、ヒナの顔が綻んだ。それを見たアンは嬉しそうに言う。
「エリックのご飯はすっごい美味しいんだよー♪ 食べて食べて♪」
「褒めてもこれ以上はでないぞ」
苦笑しながら甘エリがアンをやんわりと窘める。



――やはりこの料理は彼が作った物か……。
アンの腕前が愛する男のために、これほどまでに上達したのだと思って感心してしまったのだが、彼女はどうやらこのお弁当には一切関わっていないらしい。



――腕を振るうのは、女の見せ所ではないのだろうか……。
しかし、長年連れ添っている二人には二人のやり方があるのだろう。エリックは黙ることにした。


「エリックさん、ニットありがとうございました。助かりました」
ヒナはそう言ってニットパーカーを脱いだ。
「ん……もう乾いたのかね?」
「この気温ですもの。アイスを食べ終えた時には大体乾いていました。でも、その後が怖くって、ずっと返せずじまいで……ごめんなさい」
「なに、ヒナに使われていたなら、この服も本望というものだよ」
エリックはヒナの頭を撫でて、ニットパーカーに袖を通した。




「んーーー! 美味しい!」
そう満足そうに感想を漏らしたのはアンだった。
皆がそれぞれのお弁当を食べている中、エリックは呆気に取られていた。
アンがおかずをあっちもこっちもと手をつけるので、当然のことながら中途半端の食べかけがやたら出てくる。
そして、嬉しそうに笑って食べかけを箱のふたに置いたと思ったら、今度は冷たいハーブティをビールみたいに一気飲み。


人生を謳歌している豪快な食べっぷり。
ものすごく幸せそうに食べているのはわかる。
だが、ちょっと……いや、相当ガサツな食べ方をしているのだった。


恋人から自分のことを話に聞いているとは言え、
今日初めて会った男の前で指についたソースを堂々と舐める仕草を見た時は、エリックの目が信じられないとばかりに動きが止まった。
自分の恋人はというと、洋服が汚れないよう白いハンカチーフをスカートにふんわりとかけて食べているというのに。


「ほら、そんなに急いで詰め込むな。頬にソースがついてるぞ」
「うそっ」
慌てて頬を手の甲で拭こうとするアン。



――お互い女性とはいえ、食べ方の差が凄いな……。ここまで違うとは驚きだ。
未だ呆気に取られているエリックの痛い視線を感じたのか、甘エリがアンを窘めた。


「そっちじゃない、こっちだ。お前ね……少しヒナさんを見習いなさい」
その言葉に、ヒナが顔をぴょこっと上げた。
*
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