Wデート

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――不謹慎だが、羨ましいものだな。
甘エリのぐったりしている珍しい姿を眺めながらエリックが思っていると、アンが急いで駆けてくるのが見えた。


「えーと、というわけで申し訳ないのだけど、コーヒーカップは……コバさんとヒナちゃん二人で行ってきて?」
ハンカチを濡らして飲料水を買ってきたアンは、心底申し訳なさそうに言った。
「え、でも――」
ヒナの顔が曇る。


そう言われても具合の悪い人が近くにいるのに、おいそれと遊びに行くのはできない。
困り兼ねたヒナは生気の欠片も見られない甘エリを見てから、エリックの顔を見上げた。
優しい性格の恋人だから、『私達もここにいますよ』と、言うに違いない。そうヒナは思っていたが、
「では、お二人はゆっくり休んでいてください。行こう、ヒナ」
彼の口から出たのは意外なセリフだった。


「――え、エリックさん!?」
手を引いてスタスタと歩いていくエリックに目を丸くする。
「エリックさんは甘エリさんのこと、心配じゃないんですか?」
「心配しているさ」
そう言いつつも、その足はベンチから遠ざかる一方だ。
全然心配していないじゃないかと、ヒナはエリックの手を引っ張った。
「なら、あの場にいるべきですよ」
「しかし、私達があの場にいても、何の役にも立たないよ。むしろ迷惑でしかない。ヒナは治る邪魔をしたいのかい?」
「そ……それは……」
ぴしゃりと言われて、ヒナは声を詰まらせる。


エリックの言うことは正論だった。
ヒナやエリックがあの場にいても甘エリの回復が早まることはないし、むしろ気を遣わせてしまう。
早期の回復を望むアンにとって、言い方は悪いが二人はお邪魔でしかない。


その心情を察したエリックは優しい眼差しで見下ろした。
「二人に安らぎの時間を与えてあげよう。それが正しい気遣いじゃないのかな?」
「……ごめんなさい。エリックさんだって心配しているってわかっていたのに……私……」
エリックは目をそらした。



――羨ましいと思っていたなんて知れたら、絶対ヒナに嫌われてしまうな……。
このことは墓場まで持っていこう。人間、知らない方が幸せと言うこともあるのだ。
話題を自分のことではなく、ヒナの事に戻した。



「ヒナは優しいからね、何かできることはないかって思ってしまったんだろう?」
ヒナはしょんぼりと項垂れた。萎れた花のよう。
「今君ができることは、見送った二人の分までコーヒーカップを楽しむこと。――ほらほら、そんな顔だとかえって二人に気を遣わせてしまうよ」
「はい……そうですね」
そう言う顔はまだ暗い。
「大丈夫。あのアンさんはなかなか見どころがある。私達がいなくとも、後はしっかりやっていてくれるよ。彼女だって、オペラ座のゴーストのパートナーなのだから」
その温かいセリフに、ヒナはようやくいつものように笑った。


「そうですね。甘エリさんはアンさんに任せて、私達は彼らの分まで楽しみましょうか」
「うん、そうしようね」
エリックはヒナの手を取って歩き出した。


「ところで、アンさんが買ってきた『ポカリスエット』って飲み物だけど」
「はい」
「まさか21世紀の人は人の汗まで飲むとは思いもしなかったよ。美味しいのかい……?」
ヒナは思わず吹き出した。

*
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