Wデート

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未知なる機械に期待が膨らむエリック達だったが、
「無理だ!!!」
ゲーセンのけたたましい大音量に耳を抑えて脱兎した。


「エリックさん!?」
「……申し訳ないが……この不協和音には耐えられない!!」
同じように耳を押さえている甘エリも、渋い顔をして言った。
「あれほどかみ合わない大音量の音の渦の中にはとてもじゃないがいられん」
「耳から血が出るかと思ったよ」
脳の奥をかき混ぜられたように不愉快な表情をするエリック。
「まったくだ、耳がどうにかなるかと思った……」
甘エリもまた、ため息をついた。


もはや煩いという単語しか出ない。大音量の雑音の刺激に、脳が腐るとさえ思う。
――ああいうものを聴き続けていたら、情緒不安定になるだろうな……。
幼少の頃から情緒不安定に陥り、阿片やモルヒネに依存していたエリックが言えることではないのだが。


「そっか。私とアンさんは、そんなに煩く感じないのですけれど、エリックさん達には凄まじい騒音に聞こえるんですよね。気がつかなくてごめんなさい」
「ごめんなさいっ。ゲーセンに行こうだなんて気軽に言っちゃって……」
二人は素直に頭を下げた。
「二人に悪気が無いのは解っているよ。私の体調を気遣ってくれたのだから気にしないで欲しい」
「むしろ、二人の好意を無駄にしてしまって申し訳ない」
「ここからまたアトラクションに戻るのも、負担になりますよね……」
ヒナが来た道を振り返りながら、申し訳なさそうに言った。
気温は今日一番のピークになっているだろう。アスファルトがじりじり焼けて水分が蒸発している。


涼しいが精神的ダメージを負う建物の中に入るか、炎天下に戻るか判断に悩んでいると、
「えーと、建物の中に入らなければ、音は大丈夫そう?」
アンが甘エリに訊ねた。
「あぁ、入る前までは大丈夫だったよ」
「じゃーその、折角四人で遊びに来た記念ってことでプリクラ、撮りません?
 現代の簡易写真撮影機械なんだけど……エリックとコバさんが嫌じゃなければ」
二人の顔色を窺いながら、アンがおずおずと提案した。
ほんの少し顔が赤くなっているのは気のせいではなさそうだ。どうやら、アンは甘エリの写真が欲しいらしい。


「私は……まぁ、構わないが……。ムッシュウ・コバエリは?」
「甘エリさんの負担になるようなものじゃなさそうですね。いつもの格好だと断るのですが」
隣にいるヒナに目配せすると、何か期待しているような眼差しをしていた。
――神に見放された醜く歪んだ私の写真が欲しい、と自惚れてもいいのだろうか。
胸の奥が熱くなる。
「今回は顔に特殊メイクしていますから大丈夫です。物は試しにやってみましょう」
そう言うとヒナが嬉しそうに微笑んだので、心の底からエリックは笑った。


プリクラと呼ばれるド派手な四角い箱は、一つ故障中の張り紙が貼ってあった。
所狭く、白さが異様に眩しい機械の中に四人は密集した。
撮りたい背景をまず選ぶことになり、紫やら緑やらカラフルな中からヒナ達は楽しそうに選んでいく。
何もわからないので、あっという間に撮影が終わった一枚のプリクラ。
目の大きさも明るさも簡単に変えられることに、エリックの目から鱗が落ちた。
そうしてできあったプリクラを凝視して、その出来栄えに男性二人は眉間に皺を寄せる。


「これは……納得いかない」
「ですね」
これで納得するなら、美的センスを疑われるだろう。オペラ座を芸術品にした私の恥になるというものだ。
心の中で、納得する人がいたらぜひとも会ってみたいと毒づくものの、
「……え? どうかしたの?」
「よく撮れていますよ?」
美的センスを疑われる二名がすぐ側にいて、絶句するエリック。


しかたない、ここは私達「オペラ座のゴースト」が、いかに美意識の高い存在であるかを学ばせることにするか。
芸術品と謳われた、金色に輝く豪華絢爛なプロセニアムアーチと天使像。パーフェクトなこの色彩感覚。
――これだけ綺麗に映るなら、折角だから、色んなヒナの姿を撮りたいな。
美意識の高い存在なのに、少々欲望が混じりこんでいた。
*
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