Wデート

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「確か……熊の帽子でしたっけ、甘エリさんのは」
新人組で甘エリとケリックの帽子は、ヒナが作った物ではない。
「うん、そうだよ。金エリさんが用意したんだ」


スルーの達人ことケリックの帽子は同じ人形という繋がりで、たれケイ人形を作るに違いなかったが、エロックが用意したのは、人形の範疇を越えた藁人形であった。
「どんなのか見たいです〜。今度お会いしたら見せてもらおうかしら」
エリックの笑みが引きつる。
「いや、止めた方が良いんじゃないかな。剥製みたいな熊だし」


――頭の蓋をぱかっと開くと脳みそが見える、とは言わないでおこう。


「え、そうなんですか? 帽子はその人のイメージに合う物って念を押されていたから意外です。熊のように、かなり強いのかしら」
「エリックルームでは我々に見せていないけど、そうかもしれないね」
エリックは適当に誤魔化した。


「アンさんは本当に良い人でしたね」
「――うん。そうだね」
「甘エリさんは幸せ者ですよね。あんなに元気いっぱいの愛情表現してくれる人がいるんですもの」
ヒナは嬉しそうに微笑んでいる。だがしかし、瞳が何処となく寂しい目をしていた。
「アンさんが羨ましいな」
小さく呟いたのを、エリックは聞き逃さなかった。


素直に行動して嫌いになったらどうしよう。
ポジティブな性格であるヒナでさえ――このトラウマは消えない。
心の傷は時間で解決できないものもある。
以前の恋人に『自身の愛をありのまま表現する』と言う希望の翼を毟られているヒナにとって、自分には無い勇気を堂々と曝け出しているアンは、太陽よりも眩しい存在だった。


エリックにとってヒナは太陽のような存在だ。しかし、ヒナはそうは思ってはいない。
影からひっそりと見守るヒナは月であって、生きとし生けるもの全てを元気にするアンが太陽。――そう思っているに違いない。


エリックは次の言葉を緊張しながら待った。
「エリックさんの恋人があんな性格だったら、ちょっと違っていたのでしょうか」
今日一日、人知れず自身と比較していたことを知って、エリックは胸が苦しくなった。
自分がやったことは全て裏目にでているとでも、神は言いたいのだろうか。


「――あ、違うんです。楽しい思い出を変に暗くするつもりはないんですよ。私が言いたいことはそう言うことじゃないんです」
「そう言うことじゃない? じゃあ、どう言うことなんだ?」
「それは……」
「ヒナはアンさんのような性格の人が、私に合うとでも思っているのか?」
「ごめんなさい」
疲れで苛立っているのがわかったのだろう。ヒナは慌てて謝った。


「私は断じてそんなことは思っていないよ!」
エリックは思わず立ち上がって叫んでいた。
「むしろ、君には甘エリさんのように男らしい人の方がいいんじゃないかって、思わない時は無かったよ。彼みたいに甘いムードを持たない、人前で堂々とキスだってできない。 自分が甘エリさんのような性格だったらヒナは幸せなのだろうか、と思わない時は無かったさ」
「………………」
ヒナは瞠目して聞いていた。


「ヒナ。こんな私は不甲斐ないか?」
エリックは縋るような声を出した。
ヒナは静かに首を振った。
「そんなことはないです。全然思っていませんよ。むしろ、甘エリさんのようにされたら困ります」
そう言って悪戯っぽく笑った。


「アンさんだから大丈夫なのですよ。私だったら、とても恥ずかしくって……、きっと遊園地どころじゃなかったと思いますから」
エリックはもう一度椅子に腰かけた。
「ヒナがアンさんのようだったら、私はヴァイオリンと別れを告げなければいけない。きっと私が毎食作っているだろうからね」
エリックはヒナを見つめる。


「それに静かに愛情をこめて美味しい料理を作ってくれる、そんな恋人が良いのだよ、私は」
はにかんだヒナは床に視線を落とした。
エリックはそっと近づき、ヒナの額にキスをする。


「お互いに不安に思っていたなんて、私達ってお馬鹿な所が似ているのかもしれませんね」
ヒナは恥ずかしそうに呟いた。
「そうだね。甘エリさんもアンさんも案外、似た者同士なのかもしれないね」
そこから先は自然と体が動いていた。目を閉じてお互いの口唇の感触を確かめ合う。
五秒、十秒と経ってから、ゆっくり顔を離した。


「そうだ、エリックさん。折角だからどうぞ」
悪戯っぽく目配せしたヒナは、自分の太ももを優しく叩いた。
「――えっ?」
今度はエリックが目を見開いた。


「膝枕体験しません?」
「――な、なななっ!?」
その言葉にエリックは、かなり動揺する。
ベンチで休んでいたカップルを羨ましそうに見ていたのがばれていたらしい。
目が高速でぱちぱちと瞬いていた。


「それはどう言う事か解って言っているのかい!?」
「はい」
「私の頭は実が詰まっているから、相当重いと思うよ!?」
「構いません。私がしたいのですから」
「……そうかい……。なら……ちょっとだけ……」
誘惑に負けたエリックは気恥ずかしそうにベッドに横になると、おずおずとヒナの太ももに頭を乗せた。


優しく髪を撫でられることしばし――。
始めはガチガチに固まっていたエリックであったが、次第に緊張していた力を抜いていく。
疲れがどっと出てきたのだろう。やがてエリックの寝息が聞こえ始めた。
「私は……、エリックさんが恋人でとっても幸せです」
ヒナは独り言を呟いて笑っている。


「……お休みなさい……ダーリン……」
ちょっとだけ勇気を出して言ったヒナの言葉は、微睡みの中に消えていった。




FIN
*
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