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□マヴェ様に捧げる小説
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〜平凡だけど、それが嬉しい〜


とある昼下がり。
シロに連れられて、ケイは買い物客で賑わっている商店街に来ていた。これから夕飯の準備なのだろう。どの客も手や肘に買い物袋をぶら下げている。
ケイのお財布と相談の上、このような賑わった場所には、あまり行かないことにしている。
ここは誘惑のオンパレード。
あれもこれも買いたくなるが、財布が「今月は買い物を控えてくれ」といえば、それに従うしかない。実に財布の中身は、この初冬のように寒々しかった。


「ケイ、絶対に1等賞当ててくれよ!」
福引券を風にそよぐ柳のようにひらひらさせながら、子供のようにはしゃいでいるシロが言った。
「そんなこと言われも、福引きに絶対なんてないもの。ほら、ちゃんと前見て歩く。通行人にぶつかったら危ないでしょ」
「ん、わかった」
先程から浮かれっぱなしのシロに向かって、全然わかってないだろう、とケイは心の中で呟く。


「しかし、何でまた福引券なんて持っているのさ」
「昨日、道端に落ちていたから貰った」
「さいですか」
相変わらず拾う癖はご健在なのね、と半ば呆れていると、ガラガラと玉が擦れ合う音が商店街の奥から聞こえてきた。
「あ、あそこだ。クジ出来る所」
ケイは揚げたてのコロッケの魅惑に心惹かれながらも、シロの後ろをついて行った。


「一等は……見ろ! 四万川を眺めながら、憧れの渓流露天風呂付特別室。
 オリジナル里山懐石と霜降り上州牛ステーキ150グラムのセット! ケイ、これを見ても嬉しくないのか!?」
「いや。嬉しいもなにも、まだ当たっていないし」
「ノリ悪いなー。ガラガラクジの神様が消えてくぞ」
「何それ。そんな神がいるの?」
「日本は何でもアリだから、どっかにいるんじゃないか?」
「いい加減な」


赤い法被を着ている男の後ろには、ティッシュボックスが高々に詰まれている。ハズレはないらしいが、大抵この箱が渡されるのだろう。
「はい、6等。ティッシュ」
次々とティッシュが客に渡されていく。
第一、クジの初日に目玉商品でもある一等が入っているはずないと思う。最終日や前日に出るのが、セオリーってものだ。


「ケイ、絶対に1等取れよ!」
「ならシロがする?」
「いや! 俺は横から念力送っとく!」


……何処かの大手車メーカのCMじゃあるまいし。
ケイは苦笑しながらガラガラと、木箱の取っ手を回した。


ガラガラガラ……コロン……。
「お客様、おめでとうございまーーす!!」
赤い法被を着ているおじさんが金色のベルを持って、商店街の先まで聞こえるかのように声を張り上げ、
「いやったぁ〜〜〜〜〜〜〜! 1等だぁ〜〜〜〜〜〜!」
シロが万歳して、飛び上がった。




「――あの。いい加減、笑うのを止めてもらえませんか?」
ちゃぶ台の前でケイは、ドン・ファンの黒マスクを顔につけ、オペラ座の怪人らしからぬ21世紀の既製品を特に嫌ということもなく着ているエリックを窘める。
事の話をケイから聞いたエリックは、最初静かに聞いていたものの、次第にクツクツと喉の奥で笑っていた。
「失敬。笑うつもりはなかったんだ。シロ君は本当に早とちりしやすいなと思って」
「それには異論はありませんが」
クジの景品で貰った、2等の『28センチ・ステンレス鍋と芋煮セット』を見下ろしながら、ケイはため息をつく。


「しばらくあそこの商店街にいけません。――ま、あまり行く機会のない場所ですから良かったですけど」
シロの勘違いが恥ずかしくって、顔を真っ赤にしながら鍋を抱えてクジ引き場から立ち去るケイを、エリックは想像してみた。
「良いことと悪いことは一緒になってくると言う。今日は災難だったら、明日はきっと良いことがあると私は思いたいね」
その言葉は自分に何度も言い聞かせていたのだろうか――。
ケイはチラッとエリックを見上げると、とても穏やかな瞳を湛えていた。


「シロ君は何処に?」
「早速芋煮鍋を作るんだって、材料のお肉を買いに行きました」
「肉はセットに含まれないのは、傷みやすいからかな」
「おそらくそうだと思います。他の物は含まれていますから。それに、商店街に利益が入らないと困るでしょうし」
「購買意欲を煽る訳だ。まんまと商店街の策略に乗せられたと言えるね」
「そうですね」
ケイはくすっと笑うと、エリックはふいと顔を玄関の方向に向けた。
「噂をすれば――」
そのセリフの後に、バタバタと走ってくる音が聞こえた。


「お帰り」
玄関の扉を開けると、シロが買い物袋をガサガサと鳴らしながら、スニーカーをいそいそと脱いだ。
「お肉買ってきた」
「ご苦労様」
「豚のバラで良かったんだよな」
「え?」
ケイはその言葉に面食らった。


「私、牛肉って言ったんだけど、どうして豚肉を買ってきたの?」
「いけね。牛肉だったか」 
「牛肉で醤油ベースにするって言ったじゃない」
ケイの後ろから足音も立てずにやって来たエリックが言った。
「山形県のお隣、宮城県では豚肉を使って芋煮を作るらしいから、味を味噌に変更したら良いんじゃないかな」
「豚肉と味噌……なんだか豚汁みたいですね」
「私もネットで違いを調べてみたが、それを食している仙台の人でも、豚汁との違いがよくわかっていないそうだ。
 だが、仙台は秋になると芋煮のシーズンは、それが主流らしい。よく、味比べをしているそうだよ」
同じ東北地方なのに全然味が違うのだなと、感心していると、シロのお腹がぐ〜となった。
「なぁ、今日は仙台芋煮作ってさ、後日、山形芋煮を食べて味比べしようぜ」
「はいはい」


「うーん、やっぱり見た目は豚汁だな」
プラスチック製のお椀の中を覗きこみながら、シロがくんくんと匂いを嗅いだ。
「うん。今の時期にピッタリだ。東北の人は、これで寒さを乗り切るのだな」
「お気に召したならまた作りましょうか。アレンジを加えて」
一口食べたエリックに真面目な態度で言うと、
「今度はホルモンも入れてみる気だね?」
彼は微かに笑った。確かに笑ったのだ。
わかりにくいほどの微妙な顔の変化を感じ取れるようになって、ケイは嬉しくなった気がする。
「わかっちゃいましたか」
三人で作った初めての仙台芋煮は、やはり豚汁と明確な違いはなさそうだったが、これはこれで美味しいと、お椀をふうふうしながらケイは汁を何度もすすった。
エリックの言う通り、これからどんどん寒くなるこの部屋で、濃い味の味噌が心の中に染みた。


〜マヴェさんへ〜
お誕生日おめでとうございます!!
って、ケリックさんの出番よりもシロ君のほうが多いってどういうこっちゃね!?
しかも、芋煮ww ケーキとかじゃない!
いやぁ、この時期になると山形と仙台で芋煮シーズンなんで、ちょっと彼たちに食べさせたかったんです。

豚汁食べたくなった〜と思っていただけたら幸いです(仙台芋煮じゃないのか!?)。
素敵な一年になりますように☆ミ

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