長編小説 1

□Abendlied 第8話
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――普通の少女ではない。
そんな棘のある視線を投げかけられて、ヒナはただただ畏縮した。
エリックの纏う雰囲気が急に底冷えするのを感じ取り、少し考えてから答えた。


「ただの学生です」
「学生……?」
「ええ、ただの大学生です。えっと、英語ではユニバーサル・カレッジ……だったような。
フランス語で大学って何って言うのかわからないですけど」


エリックは驚きを隠せない。
その容姿から大学へは行けなかったが、その天才的な知力と探究心があれば、
確実に行けただろう(後、善悪の判断もあればだが)。
それぐらい大学といえば優秀でないと入れないし、
学費もかなりかかるのは、貴族やその類が行くものだったからだ。


ましてや、女性――しかも、こんなあどけない少女が大学に通っているとは心底思えなかった。


注意深くヒナを眺める。やはり子供にしか見えない。
「大学に通っているという、証明はできるかい?」
「えっと……学生証ならありますけど……」
ヒナはごそごそとエナメルバックから学生証を出して、エリックに手渡す。


エリックは驚きながらその薄い紙に魅入った。
氏名は確かに彼女の名前である「宝生 ヒナ」と書いてある。
他にも学籍番号、入学年度、所属、生年月日などが書かれていたが、
彼の興味はその学生証の写真と強度に興味が向いてしまい、
無論、年号は月日が経てば変わるもので、平成という年号の重大性に気づく道理がない。


「こんな素材……初めてみたよ……凄い。
人の顔がこれほどまで鮮明に映るだなんて信じられない。……どんな構造なんだろう……」
エリックは学生証をくるくる回しながら惚れ惚れしていた。


「この素材は何というんだね!」
「プラスチックカードですよ」
「プラスチック……カード」
エリックの目が楽しげに煌めく。
面白いおもちゃを得たようなエリック。それは本当にプラスチックを見たことがないような仕草でーー。
演技にしてはとても上手だと、ヒナはクスッと笑って、エリックに手を差し出す。


「あの、すみませんが……そのカードを返してもらってもいいですか?」
「え? まだ構造や仕組みをちゃんと調べてないのにかい?」
「調べるも何も……企業秘密ですから、難しいんじゃないですかね」
「嗚呼……この中にどんな構造が仕組まれているんだ! 謎だ! 不思議で仕方がないよ!」


エリックは自分の発言に、はたと現実に引き戻された。
もっと大きな謎があるではないか。


何故、この者は自分を怖がらないのだ。


何故、すんなり私と喋っていられるのだ。


何故、私を見て震えないのだ。


何故、仮面をつけている自分を恐れない。


普通に接してくれる者などいないと断言できる。
だから、目の前にいる少女が不思議でならない。


彼女の瞳の色からは、私の恐怖心が伺えない。
化け物を怖がらない人など、この世にいるものか! 
これは演技だ! 全ては幻だ!
そうだ、そうに違いない! 


「君は……」
「はい?」
エリックの声色が変わったことに、ヒナはちょっと首を傾げた。
「私が怖くないのか?」
エリックはヒナを凝視して問いただす。


――嗚呼……心臓の音が、彼女の声を聞いたら破裂しそうだ! 
いや、回答を聞く前に、今にも心臓は破裂して時を止めるだろう! 


「んー、外人っていうので怖いっていうのは、ちょっと差別的じゃありません?」
ヒナの回答はエリックが知りたかったこととは的外れで、時を止めることも、心臓が破裂することもできなかった。


「いや……そうではないのだが……」

*
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