本棚/長編

□奇縁
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「クザン貴様、ここをどこだと思うちょる」

「え?どこって…海軍本部」

元帥の執務室へと続く長い廊下。並んで歩く同僚にサカズキは少し怒りを込めて言うが、その同僚の素っ頓狂な返答に眉間の皺が二割増す。

「それは聞いちょらん。わしは何でそんな格好なのかと理由を聞いちょる」

元帥に呼ばれたため執務室へと向かうクザンは、正義を掲げた白いコートを羽織っているものの、ペタペタと聞こえる足音はその見てくれとは似ても似つかぬものだった。

「あー、これね。いや昨日さ、海に浮かぶ美女を見付けた訳。んー、まあ説明すんのも面倒だから一言で言うと、替えの靴が無かった」

昨夜、海に浸かったせいで濡れたズボンの替えは何とか用意出来たが靴だけは用意出来ず、少々格好悪いが、まあ濡れた革靴を履くよりマシだろうとビニール製のサンダルを履いていたのだ。

安定していないサンダルはカポカポと足の裏を叩き、絨毯張りの廊下に気の抜ける足音が響いている。サンダルを履いて元帥の執務室に行こうとする同僚に、心底呆れて物が言えないサカズキは盛大に溜め息をついた。

「それは便所で使うやつじゃろが」

「失礼な。便所サンダルだけど便所では未使用だから」

左足先を上げ右足で飛びながら進むクザンは、履いているサンダルを指差して不満げに抗議する。そんな彼を尻目に、サカズキは置いて行くぞと呆れた様に業と歩みを早めた。










「おー来たか、二人供。……おい青二才、それは便所のサンダルじゃろが!!」

執務室のドアを開けると見慣れた顔が二つと、見覚えのない後ろ姿があった。正義のコートの裾下から見えるのは黒いピンヒール。長い髪を一つに結わえ、すらりと覗く白い首筋がその人物の線の細さを物語る。

「あー、いや…これは…ですね」

「海で遊んでずぶ濡れになったと正直に言わんか」

応接用のソファーに座り豪快に煎餅をかじるガープは、クザンの足下を怪訝そうに指差した。説明する内容があまりにも多すぎて、どこから言おうかと言葉を考えていたクザンは、事実と異なるサカズキの説明に顔をしかめる。

その説明を聞き、バカかと大笑いするガープに正しく事情を説明しようとしたが、さして事実と変わらない事に気付き、まあそんな感じですと苦虫を噛み潰した様にサカズキを睨んだ。

「ったく。革靴の替えくらい常から用意しておけ」

クザンからすれば不本意なやり取りを黙って見ていた元帥は、足下で寛ぐ仔ヤギを撫でながら静かに部下を窘める。とびっきり上等なのを買って経費で落としてやろうかとクザンは考えたが、口煩い経理部事務官の顔を思い出し、それは無理かと諦めた。

「ところで…何の用事ですか」

「あぁそうだった。実は今日付けで本部に移動となった彼女を紹介しておこうと思ってな。黄猿の奴は遠征中だからとりあえずお前たちに」

元帥は思い出した様に手にしていた湯呑みを机に置いて立ち上がると、先程から背を向けていた人物の体をくるりと反転させる。体格の良い元帥と比べ、かなり小さなその人物は青いパンツスーツを身に纏い、細い首筋に掛けられた金色のネックレスがよく似合っていた。

「あらら。移動して来た彼女って君だったの」

長い黒髪に、切れ長でグレーの瞳。クザンは彼女を確かに覚えている。暗がりで見た時とは事なり、ぽってりとした唇だとか、色香漂う風貌だとか、クザンの不純な思考を膨らませるには充分で、無意識に弛んだ顔に彼女は明白な嫌悪を浮かべた。

「サラ、青雉を知っているのか?」

「いいえ?こんな人は知りません」

センゴクの問いにさらりと答え、サラと呼ばれた女性は業とらしくそっぽを向く。

「あらららら」

しかしもう一人の大将に気付くと慌てて姿勢を正し敬礼をするサラに、サカズキは宜しくと静かに挨拶を交わした。

「今日からこちらに移動となりました、中将サラと申します」

見た目からして26、7歳と言った所だろうか。凜とした立ち姿は、固い表情を差し引いても割りと好印象。

支部に恐ろしく強い女性将校がいると、クザンは確かに聞いた事があった。そんな将校が何故支部にいたのかは分からないが、この年齢で正義のコートを羽織り中将として本部に移動して来たのだから、余程の腕利きだと言う事は確かだろう。

「俺はクザン。宜しく」

敬礼するサラに手を差し出して自己紹介をするが、サラはピクリとも表情を変えず、宜しくお願いしますとだけ呟いて、またそっぽを向いた。差し出された手は用途を失い、虚しく残された間抜けな様をガープが豪快に笑う。

「ガハハハ。嫌われたなー青二歳」

「別に嫌われる様な事、してませんよ」

「まさか貴様、新入りにも手を出したのか?」

「うるさいよ、サカズキ」

クザンは少々居づらさを感じ、差し出した間抜けな手を引っ込めた。未だ聞こえるガープの笑い声に苛つくが、この人に逆らえば後々面倒だと気付かれない程度に溜め息をつく。

「そう言えばサラ、確か支部へ行く前、悪魔の実を食べたらしいな」

その固い表情を崩しはしないが、自分に向けられるそれより幾分か穏やかに元帥と会話するサラ。クザンはそんな彼女を見ながら昨夜の事を思い出していた。しかしサラがこれ程までに怒る理由が全く分からないのだ。

もう会う事はないと言ったところから見て、目の前の男が海軍の人間だと知らなかったのだろうが、これも縁と言うべきか、邪険にした男が自分の上司で、尚且つ大将青雉だと知っても変わらぬ態度は、さすが若さと言った所か。

「はい、今は能力者です。海に入れなくなってしまいました」

「サラは泳ぎが得意だったのにな。あの泳ぎが見れないとは残念だ。なぁガープ?」

「あぁそうじゃな。昔はよく軍艦から飛び降りて泳いでおったのにな」

「だ、誰から聞いたんですか」

会話からしてこの三人が昔からの顔馴染みだと分かったサカズキが、珍しく会話に入ると一気に緊張するサラに、まあそう固くなるなと言った。

「サラとは昔からよく知る顔馴染みでな。サラが子供の頃から知っておる」

「昔はこんな小さかったのに今や中将。私達も歳とるはずだ」

クザンはまるで自分を除け者の様に談笑する四人を見ながら、もう一度彼女が怒る理由を考えていたが、やはり理由が分からない。

サラは確かお人好しだと自分に言った。そのお人好しな行為が原因なら素直に謝って許してもらおうかとも考えたが、昨夜の自分の行動に何ら間違いは無かったと確信している。クザンはお手上げだといわんばかりかに物腰優しく口を開いた。

「サラちゃんの能力って、どんな能力なの?」

「……言う必要はありません」


和やかな雰囲気は一変。サラは再び眉間に深い皺を寄せ、冷たく言い放つ。

「あらら、自分の能力を上司に報告する義務はあるでしょうよ」

「何故でしょうか」

「もし敵と戦闘になった時、上がそれを知っておかないとマズイでしょ?」

クザンはそう言い、体から冷気を放つと足下の絨毯が少し凍る。しかしサラは少しも臆する事なく、この場にいる全ての者が知らない能力を少しだけ放った。サラの周りはグニャリと歪み、まるで真夏の蜃気楼を纏った様。

真冬の冷気に真夏の蜃気楼。クザンはおもしれぇと内心ほくそ笑み、サラへの興味がますます湧いた。

「センゴク元帥、ガープ中将、赤犬大将。私は挨拶回りがありますので、これで失礼します」

そう言いながら一礼し退室するサラへ、軽く手を振り笑うクザンはいやに楽しそう。しかしドアが閉まった途端、そんなクザンに二人の上司が怒鳴ったのだった。

「どうすればここまで嫌われるのか、是非とも教えて貰いたいくらいじゃの」

「うるさいよ、サカズキ」



窓の外は蝉時雨。

真夏の空は、茹だるような熱線を放っていた。



To be continue...

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