本棚@
□眠り狼
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昼間の騒がしさが嘘のような静かな夜。私は何する訳でもなくデッキに出て、少し冷たい夜風にあたっていた。
辺りは怖い位に真っ暗で、ザザァと潮の流れしか聞こえない。海に果てなど見えなくて、真っ暗な視界には恐怖すら覚える。まぁ昼間に見たからと言って、それは変わらないのだけれども。
壮大に広がる大海原。先の見えないその最果てには、私達が望む物は本当にあるのだろうか。
「寒っ」
風呂から上がりせっかく温もった体が芯から冷える。今日の不寝番誰だっけと首を捻ると、アウアウ煩い彼が浮かぶ。あぁ、彼なら大丈夫か、サイボーグだし、変態だし、と思わず吹き出した。
「サンジー?温かい飲み物でももらえ……」
私は冷えた体を温めようと、彼がいるであろうキッチンへ向かった。ドアを開けて彼がいつも立っている調理台の方を見たが、あのスマートな後ろ姿はなく。変わりに、反対側に置かれたアウアウ煩い彼がいつも座っている大きめのソファーに体を沈めた彼がいた。
「サンジー?寝てるの?」
愛用のギャルソンエプロンをしたままで、力なく仰向けで横になっていた彼からは規則的な微かな寝息。金色でサラサラな髪は無造作にバラけ、いつもは隠している片側の目も露になっている。
こんなにキレイな顔だったんだ…いつもチョッパーと素顔を見せろとせがんでも頑なに断られてしまうのに、こんな閉鎖された二人っきりの空間で、サンジの素顔が拝めるなんて…事故だ。
「んっ…」
「起きた?」
少し眉間にシワを寄せ膝を立てる彼。起きたのかと声を掛けるが全く反応はなく、それ所か片方の革靴がカコンと床に落ちたのに気付かない彼は、いよいよ本格的に寝入ってしまった様だ。
端整な彼の寝顔は男性的な色香をまとっていて、私は不覚にも目が離せない。尚且つ、いつも愛用している甘い香水が私の鼻を掠めるもんだから、心までもが縛られる。
少しならバレないかしら…
普段触れたくても触れられない大好きな彼がそこにいる。視覚も、聴覚も、全てをナミやロビンにとられているけど、今はこの閉鎖された空間に二人きり。私はそっと彼の頬に触れてみる。少し乾燥した肌は私の心音を早めるには、十分過ぎるものだった。
「サンジ?」
指先で触れて、軽く突っついてもみる。起きない事を良いことに私は彼の感触に夢中だ。手のひらで包み込むように触れると柔らかく感じる彼の体温。この全てを独占出来たら良いのに。
かっこいい…
私はまだ大丈夫かなーなんて調子にのって、サンジの細いながらに逞しい胸板にそっと頬を寄せる。トクントクンと規則的な心音に、全身が溶けるカンカク。きっと私は重症なんだ。
唇には少しざらついた温かい体温を感じて、無意識に自分はキスをしてしまったのだと気づいた。
「サンジ、好きよ。私だけを見てとは言わないけれど、少しは気付いてくれても良いんじゃない?」
「俺は君しか見えてないけど、レディ?」
ビクッと全身の毛穴から冷や汗が出る様な焦りが全身に走る。慌てて頭を上げようとするも、ガッチリと抱きしめられ、ソレは叶わない。するといきなり体が浮き、私はすっぽりとサンジの胸に収まっていた。
「サ、サンジ!?起きてたの!?」
「うーん、…寝てた」
「うそばっかり」
動けない程に絡まるサンジの腕。彼の心音は少しばかり早まった様に思う。
「俺も好きだよ、さや」
「ハイハイ、ありがとう」
彼のお愛想に適当に返事をすると、尚もキツくしまるしなやかな両腕。
そんな事されると本気になる。
「俺はウソはつかない主義なんだ」
「寝たふりしたじゃない。それはウソじゃないの?」
頭上に感じる彼の吐息は近くて、少しタバコの香り。
「俺は眠れる海の色男だから」
「なんだソレ」
サンジが私の体を抱きしめたまま上体を起こすと、彼に股がった体制になった。私を見上げる彼は色っぽい。
「ねぇ、さや。俺だけを見てとは言わねぇけど、少しは気付いてくれてもいいんじゃねぇ?俺がさやをクソ愛してるって」
そう悪戯に笑うとサンジは私の胸に耳を当てた。トクントクンといつもの倍以上に早い私のソレは、絶対彼にも聞こえてる。
「誰にでもこうするの?」
「さやだけだよ」
「ウソ…」
「ホント」
「なら…私のお願い一つ聞いてくれたら信じるわ」
そう言うと彼の腕が一瞬緩んで、何?と目で問いかけて来る。
「タバコ…そうね、三日間吸わなかったら信じてあげる」
これでどうだと意地悪く笑うも、サンジは目を丸くしてそんな事でイイの?と……。
あぁ…貴方はどこまでも私を狂わせる。
ゴソゴソとポケットをあさり、彼が手にしたのは開けて間もないソフトのタバコ。それを無遠慮にクシャッと握り潰すもんだから、私の心臓は跳ね上がる。丸めたタバコをゴミ箱に向けて投げると、ソレはカコンと中に入った。
「三日でさやを俺のものに出来るなら、禁煙くらい容易いさ」
彼はそう言うと私に触れるだけの優しいキスをした。
サンジは眠り狼さんね。
end