本棚@

□雨に狂わされる
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猛獣が唸る様な雷鳴が轟き、ガラス窓を雨が容赦なく打ち付ける。そんな荒れ狂う空の下、俺は愛煙を呑んでいた。俺しかいない職務室の明かりを業と消し、頼る光は雷のみ。

自身の吐き出す煙と時折光る西の空が、ものすげぇー同化してもう何もかもがめんどくせーと、准将らしからぬ考えを巡らせる。大いに静寂を楽しんでいた時、俺は背後にある奴の気配を感じた。

「何、スモーカー、まだいたの?」

俺一人の心地良い静寂を無神経に打ち消したのは同期のさや。

「まだ仕事が残ってんだよ」

本当は仕事なんざ残っていねえし、残っていても定時外はやんねーが、雷を楽しんでいた事など言える筈も無く、准将らしい言葉でこじつけた。きっとソレは俺が言わない限りバレない。

「……ただぼーっとしてただけでしょうが。スモーカーが残って仕事なんてあり得ない」

さやは業とらしくため息をつき、俺と向かい合わせに腰掛ける。

「一本、頂戴よ」

「あぁ?さやお前、葉巻なんざやらねぇだろ」

「煩いわねぇ。さっさと一本よこしなさい。あとジッポもね」

まだ夕方だと言うのに真っ暗な空には苛つく。しかしさやの毒付く言葉には苛つかない。

「ホラよ」

「サーンキュウ」

(全く。これが惚れた弱みなのか?)

明かりを消し、光を失った室内に立ち込める三本の煙。吸い込む度に葉巻の先端が赤く光る。互いに話す事も無く、訪れたのは沈黙。訪れた沈黙にこの時の俺はらしくもない焦りを感じてしまった。

「で?何で電気消してる訳?」

「………こんな時間に真っ暗なのはイラつくけどよ、光る雷にはイラつかねぇーんだよな」

「は?昨日までの遠征で頭狂ったんじゃないの?アンタ」

ハハっと笑い葉巻を持った指で指差すさやに、俺はガラにもなく胸が沸き立った。

一向に止まぬ雨。

鳴り止まぬ雷鳴。

地を削るこの両者が俺の感情をもすっきり流してくれたら良いのに…。なんて、どうにもならない事を考える。

「なんださや、オメーも今日は終わりか?」

「うん、帰ろうと思ってここを通ったらまだスモーカーがいたから来ただけ」

あ、そうか。なんて今更理解して吸い終わった葉巻を一本揉み消した。

いつからだ?こんなに俺が捻くれたのは。好きなら好きだと言やあ良い。俺を見てくれなんてぶっきらぼうでも良いから、愛の言葉なんざを送りゃ良い。だか、そんな理屈めいた言い分は俺の心中とはまるっきし第三者で。

「ねぇスモーカー。私、お酒呑みたい」

「…………何だよ」

「もう!!気の効かない男ね!!」

さやは葉巻を揉み消し、勢い良く立ち上がった。その勢いで灰皿がカタカタと揺れ動き、乾いた音が職務室内に木霊する。

「ふっ。分かってる。いつもんトコに行くか」

「…分かってんなら初めから言いなさいよ」

ちょっとした冗談にもさやは直ぐムキになる。頬を膨らませて大きな瞳には力を入れて。そんな姿にさえ俺は心中トキメイテルなんて、こいつは絶対知らねぇ。だか、それはそれで構わねぇなんて思ってる。今の関係もなかなかのものだと、諦めにも似た感情を巡らせている訳で…。

第一、俺が言った所で何になる。さやは俺の事などただの同期と位しか思っちゃいねぇ。
さやの好きな奴は…アイツだ。

「じゃ、行こっか。ってスモーカー。聞いてるの?」

そんなさやの言葉を軽くあしらい荒れに荒れる窓の外を見れば、先程よりも酷くなっている雨。雷鳴が轟く中に俺は梅雨明けを感じ、葉巻をもう一呑。

「この雨が明けりゃ、やってくるのは猛暑だぜ?」

「ハァ?……まぁ…この島はそうね」

さやは呆れた様な言葉を発した。時折光る雷が明かりを失った室内を照らし、そしてさやを光らせる。一つに纏められ黒髪がさやの艶気に輪を掛ける様に、冷静を装う俺自身に比例した激しく乱れる俺の心拍数は収まらない。

「ねぇ、早く行こ?」

「ん?あぁ。そうだな。今日はこんな天気だし、空いてると思うぜ」

「だね〜」

懐にしまった葉巻に手を伸ばし、ジッポはどこだとズボンをひっぱたいていた時、今までにない位に西の空が光を放った。あー。こりゃ落ちるなと、暢気に考えていたのもつかの間。頭上に落ちたかと感じる位の雷鳴が轟いたかと思うと、暗闇を僅かに照らしていた街の光が消えた。一瞬の内に辺りを完璧な闇が征する。

(停電か?)

しかし、俺にはそんな事などどうでも良い。今の現状はいかがな物なのか。

「………オイさや。何してんだよ」

「う、煩い!!雷は苦手なの!!」

普段は男に負けず劣らぬ実力で、剛腕の敵をも簡単に捩伏せるさや大佐が今、俺にしがみついて震えている。大きな瞳には涙を浮かべ、時折光る雷にさやの濡れた唇が露になっていた。

(俺はコイツに完璧堕ちたな)

常に気丈に振る舞い弱みなど見せないさやなのに、今日は雷が苦手などと言いながら女の顔を見せる。いくら強い女でも、寂しい時は男に頼りたくなるもんだと同期のヒナの言葉を思い出した。

「オイ?さや?」

「うぅぅぅ…なっ、何よ」


ヒナの言った事が合っているのならさやは男の俺にしがみついていると言う事になる。それは普段、同期としか見ていないと思っていたさやは、実は俺の事を一人の男と思って居たのか?なんて思ったり。しかしそれは都合の良い男の解釈でしかなくて。

「大丈夫か?」

また空が光り、地面に雷が打ち込まれる。

「キヤァァ――――!!!大、大丈夫なんかに見えるの!!??」

先程から立て続けに唸る猛獣に感謝。

「大丈夫。俺がいてやるからよ。ちゃんとここに」

男ってのは勝手な生きモンで、直ぐに自分の都合の良い様に解釈しちまう。女の思わせなかにゃよえーもんだ。

さや、オメーはどうだ?

「ホント!!本当に怖いの!!」

「あー、分かった!!じゃ来いよ」

崩れ落ちたさやに合わせ、俺も床に腰掛けた。雷の音が怖いのなら、俺が聞こえない様にしてやるよ。

「コレで大丈夫だろ?」

「…うん」

俺はさやの小さな体を引き寄せて、己の胸に抱いた。その体は微かに震え、小さな手は俺の軍服を握り締める。

(そんなに強く握らなくても俺は逃げねぇって)

ドーンと雷鳴が轟く度にさやの握る力は強くなり俺は頼られてるんだと顔が綻んだ。

「スモーカーぁ…怖い…」

「大丈夫大丈夫。俺が止むまでこうしててやるからよ」

雷鳴の代わりにさやの耳に入ったのは俺の異常なまでの心拍数。らしくねぇけどドキドキしてる。さやを怖がらせる雷が止んで欲しいと願う中に、それを否定する感情の存在もまた事実。

――このまま俺に甘えろよ。

なんてのは臆病な俺には言えない言葉で…。

「さや、雷止んだぞ」

感情とは裏腹に、非情なまでに止んだ空は妙に静か。

「………オイ?」

雷は止んだと言うのに何故かさやが動かない。

「さや?」

さやの顔を覗き込もうとしても、俺に絡み付く細い腕が邪魔をしてよく分からずじまい。

「オイ、大丈夫かよ」

(ヤベえって)

自分でも分かる程に心音が早まり、その音は己の耳でも聞こえる程。室内は静寂を取り戻し、先程の雷が嘘の様に静まりかえっていた。

「さや…オイ?」

「…煩いなぁ。このままでいてよ。もう少しだけ」

暗闇にうっすら見えるさやの耳は真っ赤だった。きっと今の俺の顔も、真っ赤なんだろうよ。

「あぁ、分かった。好きなだけこうしてろ」

「うん。アリガト、スモーカー」

「お―――」

今なら想いを伝えられるか?
なんて男は直ぐに調子に乗っちまうんだよ。

「もうちょっとだけ…あとちょっと」

「あぁ。さやの好きなだけ付き合ってやるよ」

(俺の心臓の音はぜってぇ聞こえてねぇ……)

「ってかよ、こんなトコをアイツに見られちまったら勘違いさせちまうぜ?」

「ハァ?……アンタ、本当に馬鹿ケムリンね。海に突き落とすわよ。全く分かっちゃいないわ。なんで私が好きでもない奴に抱き付くのよ」

「……………あ?」

それもまた、都合の良い男の解釈で…………。

尚も降りしきる雨。

俺は空を見上げながらさやに気付かれねぇーよう呟いた。


ありがとよ。





end

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