本棚@
□大人の駆け引き
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寄せては返すこの波を、俺はどれ程の間見つめていたのだろうか。四季のある珍しいこの島の夏は、もうとっくに過ぎたと言うのに海辺にはまだ夏の陽射しが残っていた。
目に突き刺さる日光が眩し過ぎて、今だこの場所から動けないでいる自分。事の全てを太陽のせいにして、けだるい体を砂浜に預けた。
砂に埋もれる感覚を、衣類越しの背中で感じ空を仰げば、弧を描き飛び回るカモメ達。そして青い空には白い大きな入道雲。
どれもが身近に感じ、届くんじゃないかと左手をかざしてみれば、ソレが馬鹿げた錯覚なのだとようやく気付く。
センゴク元帥に押し付けられた仕事終わり、特に急ぐ理由も無いのだからと業と遠回りして、行き着いた先がこの浜辺。
疲れが一気に体を包み、脱力したかの様に座り込むと、マリンフォードへの帰還が億劫に思えてしまった。
「あー…もう面倒臭いじゃないの」
どうせ明日は非番だし、無理に帰る必要も無い。報告書は逃げて適当に宿を取って温泉にでも浸かって帰ろうか…そんな邪念に翻弄される。
容赦なく照り付ける太陽が瞼越しに瞳を刺激し、痛い様な、くすぐったいような妙な感覚に包まれる。そんな感覚が突如消えたかと思えば、寝転んだ俺をいかにも苛立ってそうな顔が覗いていた。
「大将、まだですか?」
「さや、まだいたの」
仕事は既に終わったのだから一緒にいる必要も無いだろうに…。現地解散と勝手に決めて気ままに歩いていたのに、ムスっとふくれるこの子はずっと俺の後ろを追い掛けてくる。
「ここで解散ー、お疲れ様ァ」
「解散じゃありません。センゴク元帥から大将がサボらない様に見張れと言われてますから。それに私、一人では帰れません」
業とらしく腕を組んで得意げに目を光らせる秘書のさやは、俺の体を無理矢理起き上がらせ様とする。
抱きしめれば折れそうな程華奢な体なのに、目一杯の力を込めて俺の両手を引っ張る。そんなさやに思わず顔が綻び、少しだけ力を込めて起き上がった。
「うわわっっ!!」
その反動で砂に尻餅を着いたさやはまた、ムスっと不機嫌になってしまった。
(もう…どうすれば機嫌が直るの)
「さや〜相変わらず可愛い事するじゃないの」
「わざとしたんでしょう!!」
仕事中は口煩い秘書なのに、一度仕事から抜ければ非力な女性な訳で。少し間の抜けた…と言うか、落ち着きの無いと言うか。
「帰りましょ?センゴク元帥に叱られますよ?」
スッと立ち上がり制服に付いた砂をパンパンと掃うさやは、つい先程まで大将の俺を容赦なく叱咤していた、あのさやとは思えない。
「もう少しだけ…あと10分だけ待ってくれない?珍しく疲れててね」
本当はそこまで疲れていないけど、もう少しだけさやと一緒にこの綺麗な景色を眺めていたいなと思った訳で。
俺の想いに気付かない鈍感な君と、気付かれない事で少しホッとしている俺との不即不離な関係には充分に満足している。
心地良いこの関係を壊してまで自分のモノにしたいとは思わないが、かと言って他の男に黙ってくれてやる程大人でもない。
「さやもほら、座ったら?」
俺の嘘を見破って、業とらしく呆れているさやの腕を引っ張れば、華奢な体は自由を失い、そのまま俺の隣に腰を落とした。
「なんで秘書の君がついてくるのよ」
「センゴクさんに頼まれたんです、理由はあなたが一番良くご存知なんじゃないですか?」
どうすればこの想いに気付いてくれるかなんて、そんな事などどうでも良い。無理矢理気付かせるなど至極簡単だが、ようはさやが俺に惚れれば早い話。
この不即不離な関係を最大限に活かして、俺の事を好きだとさやが自分で気付くまで、もう少し大人しくしておこう…それが大人の余裕ってものなんだよ、さや。
「さや、好きだよ?」
「………はぁ??!!」
じらして、
じらして、
じらして。
「嫌だなぁ、冗談だよ?」
早く俺に惚れろよ……そう思うと、この不確かな関係も悪かない。
「大将はまたそうやって私をからかう…ソレ、悪い癖ですよ?」
寄せては返す海の色と、空に浮かぶ純白のコントラストが絶妙で、ついいつまでも魅とれてしまう。
「んー、そうだな。でもさや……」
しかしそんな絶景を尻目に、実は君に魅とれているのだと……
「あながち、嘘でもないかもしれないよ?」
「もう騙されまれんから!!」
今は秘密にしておこう。
強い陽射しの下で俺とさやとの距離感が、少しだけ近付いた様な気がした。
さや。
早く、
早く俺に惚れちまえ。
end