本棚@

□君に酔う
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「んー、美味しい」

不寝番のゾロ以外、皆が寝静まった深夜2時。私は寝息を立てるナミとロビンの間を縫って、誰もいない静まりきったキッチンにいた。まあきっと、見張り台にいる彼も愛刀を抱いて寝ているんだろうけども。

「ふふ…もう一杯」

キレイに片されたワイングラスに、お気に入りのワインを注いで手酌酒。口に含み、目を閉じて舌の上で転がせると壮大な自然が広がる様…なんて、ソマリエだかソムリエだか、それらしい文句を並べてみる。

「んー、最高だわっ」

ジリっと喉を焼く感覚。ワインのうんちくなんか分からないけれど、今、手にしている銘柄のワインが最高の味だと言うことは確か。これでチーズなんかがあれば尚良いんだけど、何せ冷蔵庫には頑丈な鍵。初めから開けようなんて思っていないし、暗証番号なんて知らないし、こんなに美味しいワインなら、ワインの味だけを楽しむのも良いか…なんて。


「こらっ」

ワインのボトルが半分程空いた時、ほろ酔い気分の私はドアが開いたと同時に聞き覚えのある声に驚いて、手にしたグラスを落としそうになった。

「サ、サンジ!!起きてたの?!」

声がする方に目をやると、この船で唯一冷蔵庫を管理する人物。いつもの紳士的なスーツではなく、やけにラフな格好をした彼が呆れた様に笑って立っていた。

「最近、ワインの減りが妙に早いんだ」

「あ…いや、これはその…」

一通りの言い訳を考えたが、私の目の前には開いたワインボトル。言い訳なんか出来ないと諦める。

「ごめん…犯人は私よ」

「んー、許せないな」

サンジは業とらしくフフッと笑いながら愛用のエプロンを手に取り、仰々しく施錠された鍵に暗証番号を打ち込んで、冷蔵庫をカチャリと開けた。

「ご注文は?レディ?」

服はラフだが風呂上がりだろう濡れた金髪を耳に掛け、エプロンをした彼に何とも言えない色気を感じる。

「ふふ。なら、赤ワインに合う物をお願いしようかしら、コックさん」

サンジは右手を胸につけて畏まりましたと丁寧に頭を下げた。
10分程経った時、目の前に置かれたキレイな平皿には、生ハムやチーズがうまく丸められ可愛いピックに刺さっていた。パセリなんかも添えられていて、美味しいワインの味をより一層引き立ててくれそう。

「うわ、美味しそう。ねぇ、良ければご一緒して下さらない?コックさん」

サンジはそんな私にニコリと笑い、棚の中から私と同じワイングラスを取り出した。

「お望みとあらば」

愛用のエプロンをしゅるりとほどき、椅子の背もたれにかけると、サンジはそっと座り、ワインボトルを持つ私にグラスを差し出した。緩めの袖口から見える少々血管の浮き出た手首だとか、ゴツゴツしながらもすらりと長い指だとか、こんなに逞しい男の人が、こんな繊細な料理を作り上げているんだと、酔った頭で考える。

「さや?」

「ん?あぁ、ごめん。ぼうっとしてたわ」

そんな自分に自嘲し怪訝そうに見つめるサンジに笑い掛け、そっと立ち上がる。彼のグラスにワインを注ごうとするが手元が狂い、添えられた彼の手を真っ赤なワインが汚し、キレイな指に赤が絡まった。

「あっ、ごめん」

直ぐにタオルを渡そうとしたが焦る私を制止し、サンジは滴るワインを舌で舐めとった。少し薄めの唇からチロリと見える赤い舌の色気に、酔った私の脳は容赦なく心拍を早める指令を出す。

「せっかくさやが注いでくれたワイン、タオルなんかにくれてやる気はないさ」

今こうやってドキドキするのは、彼が濡れ髪で、スーツじゃなくて、普段見せない仕草なんかをするからなんだ。

「なんか今日のサンジ、色っぽいね。別人みたいだわ」

少し挑発的に言うと、サンジはニヤリと笑い、ワイングラスに口付け飲み込んだ。

「惚れた?」

「誰が」

彼を仲間以上の対象に見たこともないし、私達の関係も仲間以上のソレではないが、何となく心地いい距離感。

「なんだ、惚れたのかと思った」

しつこい男は苦手だし、しつこく追いかけられるのも好きではないが、しつこく想われるのは悪くない。だからと言って、私は彼を好きな訳ではないのだけれど。

(今日の私は酔ってるんだわ)

胸がザワつく理由など、たくさんあるのだ。

「残念でした」

私は業とらしく言うサンジを軽くあしらい、一番手前の白いピックを手にした。メロンをサンジ特製の生ハムでくるんで刺している様だ。口に放り込むと、メロンの甘さと生ハムの塩気が程よく絡んで、お気に入りのワインの味を案の定、引き立ててくれる。

「本当に美味しいわ」

「光栄です」

いつもの様に騒がしく呑む酒も格別だけれど、こうやって静寂と共に呑む酒もなかなかの物。

「なあ、さやちゃん?」

「ん?なぁに?」

煩わしい物全てを取り払って、ただ酒の味に酔いしれる。

最高じゃないか。

「俺がさやをクソ好きだって事、知ってるかい?」

「んー、初めて知ったわ」

昔は淋しい女のする事だと思っていた手酌酒も、なんだ、悪くないって思う。

「じゃあ、君に近付くためにこの銘柄のワインを切らさずに保管していた事は?」

「ふふ、まんまと釣られたのかしら」

私がそう言うと、彼はニシシと歯を見せて笑った。

「本当にまだ惚れてない?」

「そうね、残念ながら」

彼は残りのワインを飲み干し立ち上がると、少し屈んで私の手の甲にキスをする。

また高鳴る私の心臓。

「仕方ない、次の作戦に移るとするか」

パクンパクンと耳の奥に響いて少しうるさいが、

「楽しみにしてるわ」

胸がザワつく理由など、たくさんあるのだ。

「おやすみ、さや」

パタリとドアが閉まった後、私は少し麻痺したイカれた脳で、一人ごちたのだった。




まだ惚れてなんか、あげないんだから





end

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