本棚@
□空と桜と君と僕
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空ってこんなに蒼かったっけ?
ここは春島。森の木々達は輝きを増し、目に映る風景はより鮮明。時折鼻を掠める暖かい香りは、世間で言う春の香りなのだろうか。柔らかな風に煽られ、薄紅色の華弁が宙に円を描きながら舞っていた。華弁散り行くその様は切なくも美しい。
春を間近で感じていた俺達は、美しい光景に暫し見とれていた。
「キレイね」
「キレイ」
俺の隣で笑う君の髪には一枚の華弁。取ってやろうと手を伸ばしたが咄嗟に動きを止めた。
「どうしたの?」
「なんでもないさ」
天から舞降りた一枚の華弁は君によく似合ってる…。思わず手を止めてしまう程に、漆黒の美しさを惹き立てていた。
桜の髪飾りか…。
つい見とれてしまった俺に気付かず、チェリーパイを頬張るさやは何故こんなにも俺を魅了するのか。
久し振りの停泊。万年空腹のクルーに煩く急かされ、昼食作りに取り掛かった時、手伝うわと俺の隣で笑うさやにそっと呟いた。
「桜も満開だし、昼飯済んだら二人で散歩しようか」
言う様、さやの顔はパァッと明るくなって俺の腕を持ってニコニコ笑っている。
「うん!!何か甘いもの持って行きたい!!あとあと、コーヒーも!!」
「甘いものか。チェリーパイがあるからそれでいいかい?」
「いい!!いい!!」
別に桜なんて見たい訳じゃないけど、たださやとのんびりしたいだけ。慌ただしい中、やっととれる二人きりの時間。たまにはこう言うのも良いかな、なんて。
「サンジ?」
「ん?あっごめん、どうした?さやちゃん」
「ボーっとしてた」
「いや、なんとなく。桜、満開だなって」
俺はチクチクと肌を刺す芝生を少々気にしがら、両手を頭に掛け寝っ転がった。むず痒い痛みが走るも、それ以上に横目に映るさやの様が気になって。長い髪が風に揺れ、甘露な愛に包まれる。
(なんて愛おしいんだろう)
「サンジ?手、痛くない?」
「え?あ、うん。大丈夫。」
そっかと微笑むさやを見つめていると、何故だかこっちまで嬉しくなる。透き通った美しい瞳に見つめられると、俺は身動き一つ出来ない。暖かくて寛大で…そして壮大な愛で包んでくれるさやは、俺にとっていなくてはならない存在になっていた。
俺は枠に嵌まるのは好まない。他人に感化されるのなんて真っ平御免だし、まして俺の狭い心には感化されてやるような余裕なんてない。けれど…その枠がさやならそれも悪くないかな、なんて。そんな事を考えたら自然と笑みが込み上げて来た。
「何笑ってるの?」
「なんでもないよ。ハハ」
「ん?変なサンジ」
さやに溺愛してる自分に対して可笑しくなった、だなんて言ったらお前はどうする?
笑う?
それとも照れる?
こないだみたいに顔を真っ赤にしてバカッ!!なんて言うのだろうか。それとも俺の知らない反応なんか見せたりして?
(知りたい、見たい、感じたい)
まだ俺の知らないさやの全てを知りたい。こんなに近くにいるのに、俺の知らないさやが存在する。
「ね、さや…」
「あっ!!見てサンジ。紋白蝶だよ。キレイ」
さやは精一杯の俺の言葉を無意識に遮った。空を見てと煽られ、ふと目をやると美しく浮遊する白い蝶。春風に流されとても気持ち良さそう。けれど、そんな事なんてどうでも良い。蝶なんか見てないで俺を見てくれないかい?
「さや……」
「ん?どうしたのって……あら?サンジ、不機嫌なのかしら?」
さやは困った様に笑い、拗ねる俺を宥めた。俺の髪を撫でる綺麗な指が凄く心地良くて、ここは誰が来ても可笑しくない丘の上なのに、ま、いっかなんて思ってしまう。
「どうしたの?」
「ねぇ、さや、俺だけを見てくれるかい?」
「私はあなたしか見えてないわ」
何する訳でもないけど二人でチェリーパイ食べて、どうでも良い話なんかして。突然吹いた風に髪を揺らされ、金髪が鼻を掠めてくすぐったい。
何?俺達にヤキモチ妬いてる訳?せっかく二人で過ごす時間、邪魔しないでくれるかい?
「あ、チョッパー!!」
「ん?」
そう言われ起き上がると、目に入って来たのはリュックに沢山の草木を詰めて手を振りながら走ってくるちっちゃいの。手に何か持っている。
「さや〜、ここにいたのか、探したぞー」
「あら、ごめんね、どうしたの?」
(せっかく二人きりなのに)
不機嫌な俺には見向きもせず、いつもの調子の二人に苛立ちを覚えた。って、なに仲間にまで嫉妬してんだか。
「この間言ってた花、見つけたぞ。これだろ?」
「うわぁ!!ありがとう。これだよ」
「この花、どうするんだ?」
「ふふ。香水にするのよ。」
「香水が出来るのか!?すげーなぁ!!」
今は俺だけのさやでいて欲しいのに…。なんでチョッパーばかりを構うんだ。俺は面白くない今の現状に嫌気がさし、懐のタバコを手に取った。普段なら俺を魅了して止まない愛煙なのに、今日に限って旨くない。寧ろ、吸う事すらが面倒臭い。
「おいチョッパー、何の用だ、空気読めよな」
「なんだよサンジ、サンジなんかに用はないよ、さやに用事があるんだ」
「サンジ。そう言う言い方は良くないわ。チョッパーはわざわざ持って来てくれたのよ」
(あー、俺ってクソガキ)
空を舞う蝶々に嫉妬して、仲間にも嫉妬して。俺、何やってんだろ。
さやを独占したい。薄汚れた鎖と化した独占欲で繋いでみても、君は直ぐに解いてしまうし、かと言って俺の元から去る事はない。それは分かってるんだけど……。
不安で不安で不安で……。
いつか君は俺の元からいなくなってしまうんじゃないかって。宙舞う華弁の様にひらひらと。不安になるさやのソレは、ただ単に別け隔てないお前の優しさなのに。そんな事、分かっているのに。
「サーンージィー?」
「あっ!何?って、アレ?チョッパーは?」
「もう行ったわ。それよりサンジ!!あんな事言っちゃ駄目じゃない!!」
「…あ…ごめん」
「……ハァ……」
小さく溜息をついて、自分の腿をポンポンと叩くさやの仕草は、俺にとって最高に幸福な合図。
「サンジ、おいで?」
さやに膝に頭を置いて寝っ転がると、鼻を掠めたのは甘い香り。それは紛れも無くさやの香りだった。
ここまで大人げ無く嫉妬してしまう自分は、少しばかり情けないけど、それもこれもさやのせい。
「俺、嫉妬してた。」
「知ってる。もうあんな事言わない?」
「じゃ、もっと俺を構ってくれるかい?」
人に弱みなんか絶対に見せたくないし、縛られるのなんてごめんだけどさやになら……愛しいさやになら……。
「さや?」
「ん?」
「俺、嫉妬深いんだ」
「知ってる」
「それに案外寂しがり屋」
「うん。それも知ってる」
「ずっと俺の傍に居てくれる?」
「当たり前じゃない。私はずっと貴方と一緒よ」
俺はこの言葉を聞きたかったのかも知れない。口約束なんて本当に脆い物だけど、それでも俺はさやに賭けてみたい。
ふと目をやると、そこには優しく光を放つ太陽と、絵の具を流した様な蒼。時折吹く風に煽られて、桜の華弁が円を描く。それは今までにみた蒼よりも、ずっとずっとキレイで……。
「さや?」
「ん?」
「空って…こんなに蒼くてキレイだったっけ?」
こんな暖かい幸福も、透き通る程の蒼い午後も、さやなしでは有り得ない。
………なんて。
これもやっぱりさやには秘密。
「そうね。キレイだわ」
end